第5話 リペアテープ
合宿所の夜。
僕は会計係として帳簿を記載し、タカはラダーをみがき、河井ちゃんはセイルの破れかかったところを修理していた。
セイルのリペアテープというものがあり、白い布テープの高級品みたいなものがあった。布テープと違うのは、厚い台紙がついていて、その台紙から必要量だけ剥がして使うものだった。
両面テープを思いだしていただけるとよくわかるかな。あんな感じの台紙がありました。
さて、河井ちゃん、一生懸命、台紙からリペアテープを剥がそうとしているのですができません。
「あれ~、あれ~」
かれこれ10分以上格闘している。
「おかしいな~、おかしいな~」
テープの先端を爪で一生懸命つついてテープを剥がそうとしているが、なぜかできないらしい。
「えりちゃん、針あるかな、おかしいの、このテープ」
同期の女の子に裁縫用の針を借りようとしている。
針でテープの先端をつついて、剥がそうとするつもりだろう。
「なんでだろう、いつもは超簡単にはがれるのに」
針でもだめらしい、もう15分以上やっている。
さすがにみんな気にし始めた。疲れているけれど、作業が終わらないと布団も敷けないしね。
「河井ちゃん、どうした?」
僕とタカは同じ船なので一番に声をかけた。
河井ちゃんの同期達も集まってきた。
「全然剥がれないんです、おかしいんです」
テープの先端は細かく裂かれ河井ちゃんの努力の跡がみられた。
「なんでだろう、普段はうまくできるのに」
テープを僕とタカに渡す河井ちゃん。
僕ら二人はそれを受け取りボロボロの先端を見つめた。
お互い、河井ちゃんの性格はよ~くわかっている。
テープを伸ばしていく。
1メートルか2メートル単位で販売していたもので、そうは長くない。
ボロボロの先端から50cmくらい後方に、少し色の変わったところがあった。
手触りもまったく違う。
「あっ…」
タカは僕を見て、僕はタカを見上げる。
タカが河井ちゃんにテープを返した。
ほんの数秒の出来事だった。
「河井ちゃん…」
河井ちゃん、目が輝いている。
「先輩、原因、わかりましたか? どうして剥がれないんですか?」
僕らを尊敬のまなざしで見る河井ちゃん。
「河井ちゃん、テープの先端が違う…」
「え…、先端はここですよ、さっきから剥がそうとしていたところ」
「いや、あの…」
河井ちゃんの素直な返答に本気で困るタカ。
河井ちゃんの同期のえりが半分笑い、半分呆れて、でも肩を震わせて口を押さえている。
わかったのかな。
タカが続ける。
「河井ちゃん、テープの先端だよ、テープのあるところだよ」
「だから…」
河井ちゃんの目がテープを見つめる。
ずっと見ている。
えりがもうこらえきれずに涙を流して大笑いした。
河井ちゃんの視線がテープの少し色の変わっているところに止まった。
指先で確認している。
「は…」
という、ちいさなちいさな声が漏れた。
テープを持ったまま、くしゃりと崩れ落ち、女の子座りになる河井ちゃん。
「私バカです…おバカさんです…」
えりとは違う意味で泣き出しそうだ。
「間違えるよ、リペアテープ白だし、台紙も白だし」
タカが慰める。
河井ちゃんはすでにリペアテープが剥がされた台紙の先端を、テープのない台紙部分を、一生懸命一生懸命裂こうとしていたようだ。
「というか、前に使った人がさ、最後に使った人がちゃんと台紙切っておかないとね」
河井ちゃんだけの責任ではない、僕はそう言ったつもりだった。
「私バカです、おバカです…」
珍しくかなり落ち込んでいる。
えりがまだ笑っている。そんなに笑わなくてもね~。
「私、昨日、えりと他の船の修理したのです…」
河井ちゃん、リペアテープを握りしめた。
「このリペアテープでセイルの修理したのは…」
えりが河井ちゃんの頭をなでてあげているが、体全体で笑っている。
「私なんです…」
河井ちゃんは素直なすごくいい子なのです。
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