第4話 inside footに on power
ある時同期の沢木から珍しくお願いがあった。
「若い女の子にスキー教えてあげて欲しいんだ」
“強きを助け、弱きをくじく、人に厳しくおのれに甘い。長いものを巻き取る”
を信条とし、
“尊敬する人『海原雄山』”
と豪語する、明るく気さくで面白い、現在は生命保険会社の課長だという彼から
「若い女の子に…」
なんていう信じられないお願いがあった。
実は僕は東京の私立高校に通っていたときスキー部の部長で、回転競技が得意だった。
関東大会、インターハイには勿論届かなかったけれどね。
「堀ちゃん、お願い。あと池田とタカにも頼んだんだ…」
絶対裏がある、そう確信する僕に沢木は続けた。
「交通費、食事代、リフト代、全部俺のおやじがもつから…」。
ワンボックスカーを借り、沢木やタカ、池田の4人で僕らはホテルに泊まっているという女の子達を迎えにいった。
途中、
「あ…、堀ちゃんには言わなかったけれど」
やっぱり
「女の子全員、台湾の人だからさ…」
沢木の父親は貿易関係の仕事をやっていて、台湾に会社があり、今回は初めて雪を見せるため秘書さんと女性の従業員の数名を日本に招待したそうだ。
「大丈夫だよ、堀ちゃん、一人は日本語できるし、みんな英語はわかるから」
そうか、英語がわかるのだね…。
それならいいのか…、それでいいのか沢木…。
表があれば裏がある。
落胆して下を向く僕にタカは笑顔で話しかけてきた。あいかわらず僕の左側に座っている。
「大丈夫だよ堀ちゃん、俺さ姉貴にスキー用の英語教えてもらってきたから」
台湾の女性達はみなさん僕らと同年代で、かわいく陽気で、台湾のお菓子をたくさん持ってきてくれた。
何をお話されているのかまったく分からなかったが、うれしそうだった。
さて、ゲレンデに着きスキーを借り、教えることになったが、主催者の沢木はかわいい女性達を前にしてこう言った。
「若く、しかもかわいい女性達は、まことに残念ながらタカに任す」
タカは笑顔だ、妙齢の女性達に一人でスキーを教えることができるのだからね。
「俺と堀ちゃんと池田は“タカとは違い”、“純粋”にスキーを楽しむから、タカ、“日台友好”のために頑張ってくれ…」
何がタカとは違い、何が純粋で、何が日台友好だかよくわからないが、若い女性に興味津々な当時の僕らにとって、スキー用の英語を教えてもらってきた彼はちょっとどころか、かなりうらやましかった。
みんな彼女のいない男子大学生でしたからね。
だけど最初だけはとにかくタカの教え方を見てみようと、僕ら“純粋”チームは彼の後ろに下がってみていた。
「How to stop, How to stop は…」
今思えば、“は…”で気付くべきだった、止めるべきだったのです。
タカは流暢にその後つづけた。
「same time にknee を bend して
inside footに on power すれば“止まる”から」
“純粋”チームも純粋な心でスキーを初めてはいた彼女達をマンツーマンで教え始めた。
僕らは見かけによらず真面目なので、うらわかき女性だろうが、日台友好とかのレベルでなく初スキーを楽しんでもらえるよう、真剣に指導した。
でもね、我々の英語のレベルでは…。
窮すれば通ず、というか、これもタカが考えだした。
「みんな、みんな聞いてくれ…」
休憩中、タカは僕らに言った。
「あの秘書さん、一番筋がいい。しかも日本語ができる」
「ああ、それはみんな知っている」
沢木が返す。誰もが多少疲れている。
最初から inside footに on power だからね。
「それでさ、俺たちも実は日本語ができる」
沢木はもう何も言わない、僕も黙っていた。
「秘書さん…、最初に教えよう、そして秘書さんからみんなに教えてもらえればいいんだよ。力の入れ方とかコツとかつかんでもらえればきっと秘書さんからの通訳のほうが早くうまくなれる」
確かにね。
「一番スキーのうまい堀ちゃん、お願い…」
たまに高校のスキー部に顔を出していたので、初心者に教えるのはいいのだけれど、外国の人でかつかわいい女性。
「ここで俺か…」
君たち、前から知っていたが、わかりきっていたことだが、つきあう僕も悪いが、都合よすぎだろう…。
「帰りの車というか、ゲレンデからビール飲んでいいから、堀ちゃん、頼む…」
沢木が人に頼み事をするなんて…。
タカの作戦は成功し、一度だけみなさんをリフトに乗せることができた。本当に良かった。異国の人たちにも楽しんでもらえてね。
だけどスキーに来てリフトを一度しか乗らないなんて…。
でもそんなものは女性達のうれしそうな姿を見たらなんともなかったけれど。
僕は昼食からビールを飲ませてもらい、帰りの車では当然運転もできず、気疲れも大きくぐったりと寝ていた。
same time にknee を bend だもんな…。
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