第114話

「瞳子っ! 瞳子っ!」


 半ば横たわる佐敷瞳子を抱き留める神木公平の焦った声が、何度も何度も響き渡る。


 すると、呆然と無表情だった佐敷瞳子が、一度パチクリとまばたきした。


「あ、公平くん…」


 自分を見下ろしてくる神木公平を見上げ、佐敷瞳子がポツリと声を漏らす。


「良かった、瞳子。無事だった」


 その声を聞いて安堵の表情を見せた神木公平は、ゆっくりと佐敷瞳子の身体を横たえらせた。


「瞳子をこんな目に合わせやがって…」


 それから、ゆらりと立ち上がる。


「アイツ絶対、赦さない」


「公平くん、私、何とも…⁉︎」


 離れていくその背中に、起き上がって右手を伸ばした佐敷瞳子は思わず言葉を失った。


(五千、減ってる…⁉︎)


 ふと目に入った神木公平の体力が、およそ五千ほど減少していた。


(もしかして私…)


 一気に顔色が青褪める。


(今ので、死んで…)


 しかし次の瞬間、神木公平の体力数値が、ピコンと一瞬で全快した。


(あ、私のスキル…)


 その現象を目の当たりにして、佐敷瞳子の心が少しだけ安らぐ。


 自分は何かを見つけるだけで、誰かに頼るばかりのこの現状に、どこか引け目を感じていた。


 しかし、こんな頼りない自分でも、確かに神木公平の役に立っている。


 その事実は、佐敷瞳子の存在意義に、ほんの小さな光を灯した。


 ~~~


「アイツ絶対、赦さない」


 神木公平は佐敷瞳子に背中を向けると、一歩一歩真っ直ぐに歩き出した。


「おい、コーヘー…」


「コーヘーさん、何を…っ」


 途中、自分を見て声を失うエルアーレとレティスの間を通り抜け、水辺の淵までたどり着く。


 視線の先には、局地的な豪雨の手前に佇む、ひとりの女性の姿があった。


 既に満身創痍のその姿は、だからこそ相手が人間でない事を、間接的に物語る。


 神木公平は、風の刃エアブレードをスラリと抜いた。


「私の顔を、こんなにしたのはキサマかああ!」


 艶めかしい声と重なる二重に聞こえる重低音が、腹の底にまでズシリと響く。


 併せて水面から発生した何十本もの水の竜巻が、上空で融合して巨大な水弾を形成し始めた。


 しかし、ほとりに立つ神木公平は、そんな事には見向きもしない。ただ握りしめた風の刃を、横一線に振り抜いた。


「あ……ら…?」


 すると、直立していた筈のルサルサの視界が、ぐらりと傾く。


 何が起こったのか全く理解が出来ないまま、その存在が影と化した。


 同時に影の螺旋が天空に伸び上がり、激しく弾けて消滅する。上空を覆っていた分厚い雲も、その衝撃に消し飛んだ。


 長らく遮られていた太陽光が、再び水晶湖を照らし始める。


 エルアーレもレティスも佐敷瞳子さえも、誰も声を発しなかった。


 やがて、キラキラと輝く湖面を背景に、神木公平がくるりと笑顔で振り返る。


「今度こそ、やったよな?」


「…あ、ああ、そうじゃな」


 その声に我を取り戻したエルアーレが、何とか声を絞り出した。


 しかしその時、神木公平の直ぐ真横に、見た目が小学生くらいのメイド服少女が姿を現す。


 自身の身長を超えるほどの真っ白な杖を携えて、


「一体何が、あったのですか?」


 宝石のような紅い瞳の大きな目を、驚きのままに見開いていた。

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最弱ステータスのこの俺が、こんなに強いわけがない。 さこゼロ @sakozero

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