第111話

 神木公平は、疾風のように駆け抜けた。


 その姿は幻影鳥の羽飾りの恩恵を受け、周囲からは一陣の風が吹き抜けているようにしか見えない。


 そうして水晶湖を囲む森林に到着した時、いきなり目の前の地面が弾け、木々が粉々に吹き飛んだ。


「いきなり、何だあ⁉︎」


「何か…あった?」


 驚いた神木公平の声に、ヘッドホンから佐敷瞳子の心配そうな声が届く。


「あ、いや、大丈夫」


 言いながら神木公平は慎重に現場に近付き、ひょこっと先を覗き込んだ。


 するとそこにあったのは、鏡のような湖面まで続く真っ直ぐな一本道。


 更には湖のほとりに存在する、巨大な何か……


「何だアレ、八岐大蛇…か?」


 神木公平は自身の知識を総動員して、唯一該当するその名を口にする。


「八岐…大蛇?」


「ちょい、待って。向こうに騎士団の人がいる」


 繰り返すような佐敷瞳子の疑問を遮り、神木公平は何の気なしにその場へと近寄った。そして直後に後悔する。


 そこは酷い有り様だった。


 抉れた地面を呆然と見下ろす騎士団員。それから思い出したかのように、数名の騎士が慌てて溝の下へと飛び降りていく。


「……た、助けないと」


 あまりの惨状に絶句していた神木公平も、やっとこさ声を絞り出した。


 ところが次の瞬間、激しい爆発音が響き渡り、水晶湖の湖面から二本の水柱が噴き上がる。


 何事かと神木公平が顔を向けると、水辺がかすみがかっていた。


「こ、公平くん、急いで! エルアーレが…エルアーレが…っ」


「エルアーレが、どうかしたのか⁉︎」


 そのとき聞こえた佐敷瞳子の焦った声に、神木公平は思わず声を荒げる。


「コーヘーさん、聞こえますか?」


「え、レト⁉︎」


 しかし続いて起こった通信相手の交代劇に、神木公平の口から素っ頓狂な声が漏れた。


「そちらのおおよその事情は察します。ですが今は重要な参考人であるエルアーレ殿の救出を優先してください。騎士団には必ず、回復薬のストックや治癒術士が在籍しています。騎士団の事は騎士団に任せ、コーヘーさんはコーヘーさんにしか出来ない事を遂行してください」


 有無を言わせぬレティスの言葉に、神木公平は一度大きく深呼吸をする。


 それから水晶湖へと目線を向けると、


「そうだな、瞳子と約束したもんな」


 仮称、八岐大蛇を睨みつけた。


 ~~~


 神木公平がその場に駆けつけた時、エルアーレは首を絞められ身体を高々と持ち上げられていた。両手足も力無く、だらんと垂れ下がっている。


「ヤバい…っ」


 一刻の猶予もないと焦燥感に駆られた瞬間、


「師匠の墓前で…誓ったんじゃ! 二度と魔神になぞ、変化へんげしたりはせん!」


 エルアーレの力強い決意の声が、神木公平の心に突き刺さった。


 その後、捨てられた人形のように、エルアーレの身体が落下を始める。


 あっと思った時には、身体が勝手に動いていた。


 神木公平は咄嗟に少女の背後に回り込むと、その小さな身体を抱き止める。


「良い啖呵たんかだったぞ、エルアーレ」


 話の経緯いきさつは全く見えないが、痛々しくも気高い少女の姿に、神木公平は優しくそっと笑いかけた。

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