第108話

 その姿は、七つの首を持つ巨大な蛇だった。


 鎌首をもたげた高さは五メートルを優に超え、長い尾は湖の水中に消えている。


 頭部の真ん中の一本は、ルサルサの上半身の姿をしており、その左右に三本ずつ、まるでキングコブラのような頚部の広い首が生えていた。


 鋭く吊り上がった両眼が不気味な赤い光を放ち、それぞれの頭部が思い思いに、ひとりのゴスロリ少女をジッと見下ろす。


「なんじゃ、こんな小娘相手に、いきなり派手な演出じゃのう」


 エルアーレは半ば呆れたように、遥かな巨体を見上げて苦笑いを浮かべた。


「同族のよしみで、苦しまないよう、一思いに殺して差し上げましょう」


 二重に聞こえる重低音の効いた艶めかしい声を合図に、四本の蛇の頭が口を尖らせ、まるでレーザーのような水流を噴き出す。


 同時に跳び上がったエルアーレの足下で、地面が砕けて湖の水が流れ込んだ。


 次の瞬間、空中に居るエルアーレに向けて、二発の巨大な水弾が差し迫る。瞬時にエルアーレは同じく二発の豪炎弾を迎撃に飛ばし、更には日傘を開いて自分の前面を覆い隠した。


 ジュッという急激に火の消える音が響き、相殺し切れなかった水弾が、無数の水滴となってエルアーレに襲い掛かる。


 身をかがめて日傘の陰に隠れていた少女は、その威力に、後方の地面にまで押し戻された。更にはその場所に二発の巨大水弾が着弾し、地面が砕けて大量の水が流れ込んだ。


 直後にバシャンと水飛沫が舞い上がり、水中からエルアーレが勢いよく飛び出す。それから結界の祠の水没を懸念して、逆方向へと距離を取った。


 しかしそんな思考が読まれたのか、ドンピシャのタイミングで迸った水流のレーザーが、エルアーレを飲み込むように地面を抉り木々を薙ぎ倒す。


「危ないじゃろ!」


 すんでのところで立ち止まったエルアーレは、後方に跳躍しながら、畳んだ日傘を七つ首の蛇に向けて振り抜いた。


 瞬時に生み出された三発の業火球は、それぞれ曲線を描いて、ルサルサの上半身へと左右と上から襲い掛かる。


 そのまま全弾が次々と着弾し、複数の爆発音とともに、激しい炎が燃え上がった。


 しかしその炎も透明な球体の表面を踊るのみで、やがてその勢いを弱めていく。


「あー全く、ほんに厄介じゃのう」


 いつの間にかシャボン玉のような水の膜に覆われていたルサルサを見上げて、エルアーレは金髪縦ロールの頭をボリボリと掻いた。


 そんなエルアーレを見下ろして、ルサルサが怪訝な表情を見せる。


「いつまでその姿で、戦うつもりかしら?」


「儂は、あの姿が嫌いでの」


「何を巫山戯ふざけた事を…っ」


 その瞬間、ルサルサの足元(?)の水中から、三本の巨大な岩石のくぎが胴体目掛けて突き出した。


 ところが同時に水面から吹き上がった水のカーテンによって、岩石の釘の先端が砕け散る。


「馬鹿な…何故、刺突岩が水の防御を貫けぬ⁉︎」


 戦闘が小康のうちに接近していたのか、守備隊を率いた部隊長が、蒼ざめた顔で呟いた。

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