第106話

「あ、あのさ…」


 チェルシーの処遇についての会話にひと段落がついたところで、神木公平がおずおずと声をあげた。


「言ってる事は確かに分かるけど、ちょっと厳しすぎやしないか?」


「私も…そう思う」


 それに続くように、佐敷瞳子も口を開く。


「まだまだなのは…確かだけど、猿喰梟の…時に、凄く…実力が上がった」


「これは、少し語弊がありましたね」


 そんな二人の行動に、レティスは思わず柔和な表情を浮かべた。


「僕は何も、チェルシーさんの評価を低く見積もっている訳ではありません。彼女は一流の射手になれる可能性を秘めている。だから、チェルシーさん」


 そう言ってレティスは、再び真剣な眼差しでチェルシーを見つめる。


「騎士団に、入りませんか?」


「……え⁉︎」


「騎士団に入って、しっかりとした実戦演習で、その才能を伸ばして欲しいのです」


「え? え、だけど…騎士団に入るって、そんな簡単には…っ」


 あまりに突然の提案に、チェルシーは混乱して、両手がわちゃわちゃと動き回った。


「仰るように騎士団への編入は、騎士学院で資格を得るか、若しくは、厳しい入団審査を通過しなくてはなりません。しかし方法は、それだけではないのです」


「…え?」


「あまり良い制度ではないのですが……相当の地位の者からの推薦があれば、入団する事が出来るのです。今回は、その制度を逆手に使いましょう」


「それはもしかして、レティス様が後ろ盾になる…と言う事かしら?」


 レティスのこの発言に、母親であるグレイスの翡翠色の瞳がギラリと光る。


「そう受け取って貰って構いません」


 これは…スピアー家のお坊っちゃんなんかより、遥かに良い物件が転がり込んできた。


 グレイスはピンと背筋を伸ばすと、姿勢正しく頭を下げる。


「娘をよろしくお願いします」


「ちょ、ちょっと、お母さん!」


 それから焦って駆け寄ってきたチェルシーに右手を伸ばし、


「聞きなさい、チェルシー」


 若草色の娘の髪を、優しい仕草でそっと撫でた。


「傭兵はあくまで個人主義。後進の育成なんて概念は殆ど無いの。いつかは改善したいとは思うのだけど、直ぐにと言う訳にもいかないわ。だからね、チェルシー。これはアナタにとって、とても良い話なのよ」


「それは、そうかもですけど…っ」


「それに騎士ともなれば、老後は安泰。一介の傭兵で終わるより、チャンスがあるなら目指すべきよ」


「僕も、そう思います」


 まるでグレイスに合わせるように、レティスも優しい声で言葉を続ける。


「チェルシーさんの才能は、騎士団のような統率のとれた戦闘でこそ活きるもの。単独が主体の傭兵よりも、より良い結果が出せると思います」


「そ…そこまで言うなら仕方ないです。にゃはー」


 あ、落ちた。


 苦笑いした神木公平の視線の先で、その気になった少女がとろけた表情を浮かべていた。

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