第105話

「さて、事態が大きく変わってしまいましたので、皆さんへの依頼も少し内容が変わります」


「分かってる」


 レティスの改まっての発言に、神木公平も姿勢を正してゆっくりと頷く。


「俺たちも、水晶湖について行けばいいんだな?」


「出来れば、ですが」


「まあどのみち、エルアーレとも会いたいしな。アイツは瞳子と、何となく仲が良かったから」


 そんな神木公平の声を聞きながら、佐敷瞳子は胸元にある、星の砂の首飾りにそっと触れた。


(始まりの、予感がする…)


 理由は、佐敷瞳子本人にも分からない。


 だが彼女の中で、何故だか確信めいたものが確かにあった。


「よーし、またまた水晶湖ですねー。もっと活躍出来るよーに、もっともっと頑張るですー」


 その時、チェルシーが勢いよく立ち上がり、フンスと両手を握り締めて気合いを入れる。


「あ、ちょっと待ってください」


 しかしその瞬間、レティスが右手を伸ばして制止をかけた。


「申し訳ありませんが、今回はチェルシーさんを連れて行けません」


 チェルシー、一瞬の沈黙…


「……え、ええええええ⁉︎」


 やがて言葉の意味を理解した彼女の口から、張り裂けんばかりの声が溢れ出した。


 ~~~


「ちょちょちょ、何で私は駄目なんですか⁉︎」


「では、逆に聞きます。チェルシーさん、魔物との戦闘経験はありますか?」


「え…⁉︎」


 レティスから向けられた突然の真剣な眼差しに、チェルシーは思わず息を飲んだ。


「そそそ、そんなの無いに決まってるです!」


「では…単独での、魔獣の討伐履歴は?」


「そ、それも……無い、です」


 彼の言わんとしている事に気が付いて、チェルシーの声のトーンがしぼみ始める。


「今回の依頼は、何が起きるか分かりません。今のチェルシーさんの実力では…」


「わ、私だって成長してるです! 今までの実績が無いからって理由だけで…っ」


「それなら、本部長殿にも聞きましょう」


 一向に納得しないチェルシーから視線を逸らし、レティスはグレイスへと目線を向ける。


「今の彼女がフィアホルンの最前線に出て、生き残る事は出来ますか?」


 レティスの問いにグレイスは瞳を閉じると、右手を頬に添えて「ふぅ」と溜め息を吐いた。


「無理ね」


「お、お母さん…っ!」


「だったらチェルシー、としてアナタに聞くけど……自分にはその実力があると、本気で思ってるの?」


「……」


 母親のその言葉に、チェルシーは口をつぐむ。


 一人前の傭兵。その最初の一歩は、自分の実力を正確に把握する事。無謀な作戦への参加は、仲間の生命を危険に晒す可能性があるからだ。


「……足りない…です」


 チェルシーは悔しそうに呟くと、ギュッと唇を噛み締めた。

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