第102話

「そこまで言うならチェルシーに、薬草園の管理を頼もうかしら?」


「わ、私はこれから任務なんですっ!」


 なんて母娘の争いを横目に、レティスが神木公平へと目線を改める。


「あの調子では仕方ありませんね。コーヘーさん、出来ればメイ殿の方に…」


 それからメイへの繋ぎを依頼しようと口を開いたその時、応接室内にノックの音が鳴り響いた。


「あら、何かしら?」


 それに気付いたグレイスが、小首を傾げながら扉を開く。すると組合本部の男性事務員が、背筋を伸ばして立っていた。


「どうかしたの?」


「あ、はい! 騎士団所属のアイゼン殿が、レティス殿への面会を申し出ております」


「アイゼン隊長が…?」


 事務員の報告を聞いて、レティスがゆっくりと立ち上がる。


「一体、何の用でしょうか」


「…お通ししても?」


「そうですね。宜しくお願いします」


 グレイスからの念のための確認に、レティスは姿勢を正して頷いた。


 ~~~


「お話中、失礼する」


 現れたのは、面長の精悍さ溢れる四角顔に黒い短髪の男性。広い肩幅、厚い胸板の身体には鉄色の甲冑鎧、カーキ色のスラックスに黒のブーツ、背中には白いマントを纏っている。


「どうかしましたか? アイゼン隊長」


「は! あの…」


「構いません」


 アイゼンは一瞬、躊躇った様子を見せるが、レティスに促され再び背筋をシャキッと伸ばした。


「水晶湖に配置した守備隊より、急ぎの報せがありました」


「まさか、また魔物が現れたのですか⁉︎」


「あ、いえ、それが……突然現れた不審な少女を保護したとかで…」


「少女…ですか?」


 あまりに想定外の展開に、流石のレティスも言葉に詰まる。


「はい。それで…その少女が言うには、今度は魔族が直接乗り込んでくるから、この程度の防衛網では絶対に守り切れないと騒いでいるらしく…」


「何者なのですか?」


「分かりません。ですが自身を、エルアーレと名乗ったとか」


「エルアーレだって⁉︎」


 邪魔にならないよう静かに様子を伺っていた神木公平は、そこで思わず素っ頓狂な声をあげた。


 ~~~


「コーヘーさんの、お知り合いの方ですか?」


「いやまあ、お知り合いと言うか…」


 レティスから驚いたような表情を向けられ、神木公平は困った顔で苦笑いを浮かべる。


「前に一度、会った事があるんだ」


「どういった方ですか?」


「俺もよくは分からないけど、なんか不思議なヤツだった」


 何とも要領を得ない神木公平の返答に、レティスは考え込むように瞳を閉じた。それからパッと両目を開くと、佐敷瞳子へと向き直る。


「ひょっとしてトーコさんなら、何かご存知なのではないですか?」


 レティスのその真剣な眼差しに、佐敷瞳子は思わず顔を伏せた。


 そのまま隣りに座る神木公平の左袖を掴むと、


「に、人間…でも、魔獣…でも、魔物…でもない、赤い……タグ」


 ボソリボソリと口を開いた。

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