第92話 番外編 8

 その大男は屈んでいた身体を起こし、ユラリとゆっくり立ち上がった。


 3メートルを超える巨大な体躯。しかし頭部と胴体で全長の3分の2を占める程の極端な短足だ。全身が灰色の体色で、岩のような四角張った顔に、ゴツゴツした大きく広い肩幅。上半身は裸で、下半身にジーンズのようなズボンを履くのみだった。


「いい加減、しつこいぞ。バグナー」


 ゴスロリ少女が、溜め息混じりに呟いた。


「貴女が邪魔をするからよ、エルアーレ。分かっているでしょう?」


 そのときゴツい図体からは予想も出来ない、なまめかしい声が辺りに響く。


 それと同時に空から3本の水流が螺旋を巻いて下りてきて、その水が弾けた時、中から長身の女性が姿を現した。


 つやのある淡い黒髪のロングヘアは、毛先を緩いカールに巻いている。切れ長の細い目には、ネコ科のような縦長の黒い瞳孔に赤い瞳。キャバクラ風の黒いロングドレスは、胸元と背中がV字に大きく開き、大胆なスリットが綺麗な美脚を強調していた。


「まー確かにそうなんじゃがの……あんまりシツコイと嫌われるぞ、ルサルサ」


「誰に嫌われようと、何ら影響ありませんよ。エルアーレ」


「ちっ、可愛くないのー」


 そう言ってエルアーレが、面白くなさそうに唇を尖らす。


「もっとも水晶湖へは、既に別働隊を向かわせております。貴女のこの奇行も、無駄に終わるでしょうね」


「分かっておるよ。じゃからサッサとお主らを退けて、後を追わねばならん」


「そんな事が、出来るとでも…?」


「じゃからコチラも、手駒を用意した」


「へ…⁉︎」


 不意にエルアーレからの視線を受け、白石和真は素っ頓狂な声をあげた。


「あら…居ましたのね、人間。存在が矮小過ぎて気付きませんでしたわ」


 ルサルサはあざけるような冷笑を浮かべ、白石和真たち6人を順に見回す。


「こんな数匹程度の人間で何か出来ると、本気で考えていらっしゃるの?」


「どーだかのう…じゃが、出来ないとは限らんぞ」


「では…確かめてみましょう!」


 次の瞬間、巨大な灰色の拳が、白石和真の眼前を覆い尽くした。


「ボサッとするな、小僧っ!」


 同時にエルアーレが日傘の一撃でバグナーの拳を打ち払い、ギリギリのところでその軌道を逸らす。


 バグナーの拳はそのまま白石和真の足元を抉り、広範囲を一気に陥没させた。


 その際生じた衝撃波で、白石和真は勿論、鳴神ひかりも騎士団員も、為す術なく吹き飛ばされる。


「アハハッ、エルアーレ。中々頼りになるお仲間ですこと」


 そのときルサルサが、右手の甲を口元に添えながら、高らかな笑い声をあげた。


「そうじゃろう? 頼もし過ぎて、コチラの手駒に惚れてくれるなよ」


 エルアーレも右手の甲を口元に添えると、対抗するように、優雅な仕草で笑ってみせた。

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