第84話

 洞窟内は、所々に散りばめられた星の砂によって、淡い光に照らされていた。


 結界の要となる祠のある空間は奥まった楕円形になっていて、アイゼンたちが身を隠す通路からは全体を見渡す事が出来ない。


 しかしながらコチラの動きが相手に感知されている気配もなく、部屋の最奥に集まっているだけだ。


 ならばここは、奇襲をかける。


 アイゼンたち騎士団の3人は、息を潜めて目配せで合図を送り合う。


 本来ならば、数人を斬り倒して実力の差を見せつければ、簡単に制圧出来る筈であった。


 相手が人間であったならば……


 それに気付いたのは暗がりの中、一人一殺で相手を斬り倒した時だ。


 一瞬、我が目を疑った。


 直後には身長が1メートル程の小鬼ゴブリンにワラワラと詰め寄られ、何体斬っても怯みもしない。いつの間にやら周りも囲まれており、逃げ道さえも防がれてしまう。


 そうして目前に立ち塞がった大鬼オーガが、3メートル近い体躯で丸太のような棍棒を振り上げた。その圧倒的な一撃に、3人まとめて背後の壁まで吹き飛ばされる。


 比較的体力の少ない女性騎士は、壁に背を預けたまま、もはや立ち上がる事も出来そうにない。


「すまない、全て私の判断ミスだ」


 アイゼンは女性騎士をかばうように立ちながら、横に並ぶ男性騎士に声をかけた。


「それは違います、隊長。この様な状況、誰も予測する事は出来ませんでした……彼らを除いて」


「だが、その言葉を聞かなかったのはこの私だ。せめてお前たちだけでも逃がしてやりたいが…本当にすまない」


「いえ…彼らを上に残してきたのは、結果的には正解でした。これで全滅せずに、仲間とともに王都へと情報を持ち帰れます」


「ハハ、上官をおだてるのが上手いじゃないか。これなら直ぐにでも、出世していきそうだ」


「それは嬉しいですね。それなら次の辞令を楽しみにしておきます」


 そのとき再び間合いを詰めた大鬼が、丸太の棍棒をゆらりと頭上に振り上げた。


「逃げて…ください」


 女性騎士が掠れた声を必死に絞り出す。しかし、目の前の2人は全く動こうとはしない。


「お願い…逃げて」


 懇願するように声を絞り出したその時、


「コッチだ、化け物ーーっ!」


 通路から飛び出したひとりの少年が、大きな声を張り上げた。


   ~~~


「一体、何があったのだ⁉︎」


 後続の馬車が到着したとき、3人の騎兵のうちの一人が、騎馬に乗ったまま佐敷瞳子に声をかけた。


「中に…魔物がいる」


「魔物だと…?」


 しかし佐敷瞳子の返答を聞いて、男性騎士が吹き出すように鼻で笑う。


「魔物がこんな所にいる筈などない」


「そう言って信じなかった隊長さんたちが、勝手に行って、勝手に死にかけてるんですー」


「……貴様、アイゼン隊長を愚弄するか?」


 チェルシーの言葉に腹を立てた男性騎士が、苛立ちを隠さずに剣の柄に手をかける。


「トーコさん、種族と数は分かりますか?」


 そのとき馬車から降りたレトが、佐敷瞳子に厳しい表情を向けた。


「たくさんの小鬼と、大鬼が…2体」


大鬼オーガだとっ⁉︎ 何を根拠に…」


「トーコさんの感知は正確です。しかし大鬼が2体とは…かなりマズイですね」


 男性騎士の声を制して、レトが言葉を続ける。


「こんな小さな部隊では対処し切れません。せめて洞窟の外だったなら…」


「大丈夫…もう殆ど、終わってるから」


 焦るレトを横目にして、佐敷瞳子は洞窟の奥へと視線を向けた。

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