第83話

 これは一体、どーいう状況なんだ…?


 両手に花と言えば確かにそうだが、何だかそんなに嬉しい状況でもない気がする。


 さっきまでのなごやかな状況から一変して訪れた今の状況に、神木公平は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。


 そうこうしている内に到着したのか、馬車が唐突に急停車する。それと同時に、外から騎士たちの騒ついた声が聞こえてきた。


「門が破られてるですー」


 不審に思ったチェルシーが、馬車から降りて焦った声を出す。


 祠の洞窟の入り口を塞いでいた頑丈な門が、何者かの手によって破壊されていた。


「多数の気配を感じます。恐らく野盗の類いではないかと思われます」


 感知スキル持ちの女性騎士が、隊長のアイゼンに報告している。それを受けて、アイゼンが腰のロングソードをスラリと抜いた。


「こんな時に、くだらない事をしてくれた物だ。とにかく、気付かれる前に一掃する」


「……違う」


 そのとき、チェルシーに続いて馬車を降りようとしていた神木公平は、佐敷瞳子の囁くような声に足を止める。


 振り返ると、佐敷瞳子は未だ座席に座ったまま、前方斜め下をただジッと見下ろしていた。


「瞳子…?」


「人間でも、魔獣でもない…オレンジ色」


 彼女のその呟きに、神木公平の背筋に訳も分からず悪寒が走る。


「隊長さん、違う! 下にいるのは、人間でも魔獣でも無い何かだ」


 神木公平の声を聞きつけて、アイゼンがちょうど洞窟に入る手前で振り返った。


「貴様、言ってる意味が分かっているのか? では何がいると言うのだ?」


「何って…」


 返答に詰まった神木公平は、馬車を降りてきた佐敷瞳子に顔を向ける。


「小鬼…大鬼」


小鬼ゴブリン大鬼オーガだと?」


 佐敷瞳子の回答に、アイゼンの口から高らかな嘲笑が発せられた。


「傭兵としての危機管理は大した物だが、こんな所に魔物がいる訳など無かろう」


 そう言って男性騎士と女性騎士の部下二人に、洞窟に先行するように指示を出す。


「弱腰の足手纏いなど不要だ。貴様らは万一に備えて、馬車の護衛でもしてるがいい」


   ~~~


「ダメ…やっぱり、勝てない」


 暫く黙って俯いていた佐敷瞳子が、そのとき震える声で呟いた。


 小鬼の表示は半数ほどに減らしたが、それでもまだまだ残ってる。しかも2体の大鬼と接触した途端、アイゼンたちのタグが激しく明滅し始めた。


 そのうえ周囲を小鬼のタグに囲まれて、逃げ出す事も出来そうにない。


 このままじゃ、本当に死んでしまう……


 佐敷瞳子は息が詰まって、顔が真っ青になる。


「こ、公平…くん」


「俺なら、やれるんだな?」


 佐敷瞳子の掠れたような声に、神木公平は真っ直ぐな瞳で応えた。


「……うん」


「ちょっ、ちょっと待つですーっ! 何を言ってるですか、トーコさん!」


 ゆっくりと頷く佐敷瞳子に、チェルシーが思わず抗議の声をあげる。


「下がホントに魔物の巣窟なら、コーヘーさんひとりが行ったところで勝てる訳ないですー!」


「…心配してくれてありがとな、チェルシー」


 そのとき神木公平が、顔一杯に笑みを浮かべながら、チェルシーの頭を優しく撫でた。


「だけど、瞳子が俺に出来るって言う時は、いつも絶対出来るんだ。だから今回も大丈夫だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る