第76話

 神木公平たち3人が指示された馬車に乗り込むと、中には一人の少年が既に座っていた。


「初めまして、僕はレトと申します」


 若者は座った体勢のままペコリと頭を下げると、とてもなごやかに微笑む。


 サラリと揺れる黒髪ストレートのおかっぱ頭が特徴的で、腰周りと裾に青のラインの入った白い長衣ローブを着用していた。


「あ、俺は神木公平です」

「…佐敷瞳子です」

「私はチェルシーですー」


 3人はそれぞれに自己紹介すると、6人乗りの馬車に乗り込んでいく。そうして全員が席についた頃、直ぐさま馬車が出発した。


 目的の水晶湖は、トルネ河を越えて、北西に100キロメートル程行った先にある。途中休憩を挟みながらではあるが、おそらく到着は夜も遅くになるとのことだ。


 何故か詳しい内容は当日まで明かして貰えなかったが、任務が数日になる事は聞いていたので、メイにはちゃんと伝えている。


 相席のレトは、どうやら結界魔法士の見習いとして現在勉強中のようだ。前の馬車には3人の先輩方が乗っており、今回その作業の付き添いとして、見学の許可を取っていた。


 窓から見える風景は、ポツポツと木々の生えるサバンナのような景色である。今はまるで春のような陽気だが、北側に連なる山脈に残る雪が、冬の厳しさを物語っていた。


 それからどのくらい走ったのだろうか。馬の休憩に合わせて、自分たちも昼食を摂ることになった。残念ながら携帯用の非常食のような物だが、文句など言える筈もない。


 そうして外でのんびりしていると、チェルシーが瞳を輝かせて声を張り上げた。


「実は私、水晶湖って初めてなんですー」


「そうですね、僕も初めてです。何でも、鏡のように綺麗な湖らしいですよ」


 チェルシーに呼応するように、レトも口を開く。


「それだけ綺麗なのに、有名な観光地とかになってないんですか?」


 二人の話を聞いて、神木公平が不思議そうな表情を浮かべた。


「以前は国立公園として開放されていましたが、もう10年以上も前から最後の神域として封鎖されています。ご存知ないのですか?」


「え…? あー…」


 しかし逆にレトから向けられた視線に、神木公平は言葉に詰まって鼻の頭をポリポリと掻く。


「公平くん、何か…来る」


 そのとき佐敷瞳子が不意に振り返り、遠くを見つめながらボソッと呟いた。


 その声と同じくして、6人の護衛騎士たちも慌ただしく動き始める。ひとりの女性騎士が佐敷瞳子と同じ方向を指差しながら、隊長のアイゼンに何やら報告していた。


「もしかして魔獣か?」


「うん、蜜穴熊が…3体」


「そこまで分かるのですか⁉︎」


 神木公平と佐敷瞳子の会話を聞いて、レトが驚いた声をあげる。


「……あ、はい」


「トーコさん、スゴいですー! 感知のスキル持ちでも、普通はそこまで分からないですー」


 頷く佐敷瞳子を見て、チェルシーも思わず感嘆の声を漏らした。


「しかし、蜜穴熊ラーテルとはマズイですね」


「強いんですか?」


 名前からでは、とても想像がつかない。口元に手を当て考え込むレトに向けて、神木公平が疑問を投げかける。


「はい…茂みに隠れるほどの小柄な魔獣ですが、獰猛さはピカイチです。騎馬で不用意に近付くと馬の身が危ない…」


 レトは焦ったように立ち上がると、アイゼンの元へと駆けて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る