第75話

 護衛任務に就く前日の夜、佐敷瞳子は暗いリビングの食卓にひとり座って、星の砂の入った首飾りのボトルを眺めていた。


 卓上に立てたそのボトルは、周りが暗いと淡い光を放ち始める。星の砂と呼ばれる所以である。


 今は神木公平がお風呂に入っており、佐敷瞳子は一人で時間を潰していた。部屋で待っていると、お風呂上がりの彼にドギマギしてしまうので、コチラに避難しているのだ。


「何だいトーコ、そんな珍しい物、どこで手に入れたんだい?」


 そのとき突然、背後からメイに声をかけられた。


「星の砂なんて、久しぶりだねー」


「そうなん…ですか?」


 安易に貰った物なので、そんなに貴重な物だとは思ってなかった。普通に考えたら光る砂なんて珍しいに決まってるのに、ちょっとファンタジーに毒されていたのかもしれない。


「ああ、シルキーラインの川底にある砂なんだけどさ、あの頃は観光地としても有名だったよ」


「シルキー…ライン?」


「ネルーネにあった綺麗な川さね。もう何十年も前に滅びた国でさ、今頃は魔物の観光地にでもなってるかもな」


「魔物…」


 佐敷瞳子は口元に左手を添えると、考え込むように星の砂を見つめた。


「それより、風呂場が狭くて済まないねー」


「……え?」


 突然変わった話題に付いて行けず、佐敷瞳子の目がクリっと丸くなる。


「もう少し広ければ、コーヘーと夫婦二人で入れただろうに」


「…へあっ⁉︎」


 ニヤニヤとしたメイの瞳に見つめられ、佐敷瞳子はまるで茹で蛸のようにポンと真っ赤に上気する。


 それからゆっくりと顔を伏せると、ひと言ボソッと呟いた。


「まだ……無理」


   ~~~


 翌朝、傭兵組合の本部前でチェルシーと合流し、神木公平と佐敷瞳子は西側主要門前で待機していた。


 すると、6人の騎兵を伴って2台の頑丈そうな馬車が到着する。


 先程グレイスから聞かされた今回の任務内容は、王立騎士団の騎兵と共に、結界魔法士を護衛することである。


 何でも、最後の神域である「水晶湖」に張られている地脈結界には、定期的なメンテナンスが必要になるらしい。


 本来その結界魔法士の護衛は王立騎士団で請け負っているのだが、前線の魔物の活動が活発になり、王都の要員が不足してしまっていた。


 そこで傭兵組合に、護衛の依頼が回ってきたと言う訳である。


「私は護衛小隊の隊長を任されたアイゼンだ。君たちが補充の傭兵か…」


 面長の精悍さ溢れる四角顔に黒い短髪の男性。広い肩幅、厚い胸板の身体には鉄色の甲冑鎧プレートアーマーを着け、カーキ色のスラックスに黒のブーツ、背中には白いマントを翻していた。


「若いな…それに見ない顔だ。頼むから、足手纏いにはなってくれるなよ」


 それだけ言い残して、仲間の元へと去って行く。


 あー何と言うか、鉄板だなー……


 その背中を眺めながら、神木公平は思わず苦笑いを浮かべた。

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