第74話

 佐敷瞳子はレジカウンターから移動すると、炭素繊維製の青い大弓を選び取った。かなりの長尺で、チェルシーの身長と同程度くらいある。


「…はい」


 そのまま無造作に手渡され、チェルシーは思わず受け取った。大きさの割にはすこぶる軽い。今使っている木の弓と、その重さは殆ど変わらない。


「あ…でも、こう言うのは、もう少し上級者になってからって聞いてるですー。私にはまだまだ力が足りないですー」


 その弓を眺めながら、チェルシーは少しシュンとしたように俯いた。


「…狙うのが得意なら、反発力が…高い方が良いと思う。遠くからでも…狙える」


「え…? 私が狙うの得意って、どうして分かるんですか?」


 佐敷瞳子の説明に、チェルシーは驚いたような顔を見せる。


「だって、スキル…」


「私のスキルが『命中』だって、いつの間に知ってたんですかー?」


 更に食いついて来るチェルシーに、佐敷瞳子は気圧されたようにたじろいだ。


「………聞いた」


 それから目を逸らして、ひと言だけ呟く。


「お母さんですねー。全く困りものですー!」


 チェルシーは一頻ひとしきりヒートアップするが、まるで燃料でも切れたかのように再びシュンとなった。


「でも、これは流石に高すぎですー」


「別に、無理強いは…しない」


 そう言って佐敷瞳子が、大弓を返して貰おうとその手を伸ばす。しかしその瞬間、チェルシーが身をよじって青い大弓を抱き寄せた。


「女は度胸ですーっ! 例え貯金を食いつくそうとも、カッコいいとこ見せるですーっ!」


 チェルシーは大声を張り上げた勢いで、そのまま市民証を差し出す。佐敷瞳子は「やれやれ」と溜め息を吐くと、レジで購入手続きを行なった。


「ただいまー」


 ちょうどその時、神木公平が両手に荷物を抱えながら店の入り口に姿を現す。


「あっ、コーヘーさんですー」

「公平くん、おかえり」


「おー、チェルシーいらっしゃい」


 チェルシーの姿に気付き、神木公平は笑顔で声をかけた。それからレジカウンターの上に荷物を乗せると、思い出したように口を開く。


「そう言えば、さっきそこで、傭兵組合のスタッフさんに会ってさー、何か護衛任務を受けて欲しいって頼まれた」


「護衛…任務?」


 神木公平のその言葉に、佐敷瞳子のこめかみがピクリと跳ねる。


「あー、もうこんな時間ですー。コーヘーさん、今日のところはお暇するですー」


 チェルシーは急に大声を出すと、慌てたように出入り口へと駆け出した。それから店を出る前に、最後にもう一度振り返る。


「トーコさん、良い物選んでくれて感謝ですー」


 左手をまるで敬礼のように指を伸ばして構え、チェルシーは満面の笑みで片目を閉じた。

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