第77話

 蜜穴熊とは、体長80センチメートル程度のイタチに似た魔獣で、白と黒のツートンの体色を持つ。その厚手の毛皮は容易に牙を通さず、強力な顎でスッポンのように食らいつく。


 弱肉強食の世界の中で、大型で獰猛な魔獣でさえ、手痛いしっぺ返しを恐れてか、わざわざこの小柄な魔獣に手を出さない。


 とは言えあの隊長が、こんな話を聞き入れるだろうか…?


 アイゼンに報告するレトの後ろ姿を眺めながら、神木公平は何となくそんな事を考えていた。


「魔獣は蜜穴熊ラーテルの可能性も考えられる。念のため馬を降りて陣形を組めっ!」


 しかし予想に反して、アイゼンの指示が素早く飛ぶ。


 戻ってきたレトに、神木公平は感心したような顔を向けた。


「よく、聞き入れて貰えましたね?」


「そうですね。大型の魔獣なら既に視認も可能でしょうから、小型の魔獣である事は理解して貰えたようです」


「あー…なるほど」


 やや苦笑いを浮かべるレトの説明に、神木公平は納得したように大きく頷く。


 程なく魔獣は討伐され、馬車は再び水晶湖へ向けて走り出した。


   ~~~


 陽も沈んで暫くたった頃、漸く北部の主要都市「ハンタリオン」にたどり着いた。


 主に狩猟による産業が盛んで、狩人の聖地とも云われている。


 既にひと狩り終えた狩人たちも戻って来ており、夜の繁華街は大変な賑わいを見せていた。


 あらかじめ予約でもしてあったのか、神木公平たちは高級そうなレストランでの夕食となった。メニューは肉と魚の選択制で、神木公平は迷わず肉のプレートを選び取る。ちなみにチェルシーも肉を選び、佐敷瞳子とレトは魚を選んだ。


 ここまで来たら、水晶湖までは、あと2時間ほどで着く。現地には当時の宿泊施設であった建物があり、そこが活動の拠点となる。


 当初の予定通り、本日中にそこまでたどり着き、就寝はその元ホテルですることになっていた。


 騎士団の面々が現地での食糧や生活必需品を購入している間、神木公平たちには、各自自由行動が与えられた。


「公平く…」

「コーヘーさん、良ければ買い物に付き合って欲しいのですっ」


 自分の声をチェルシーに遮られ、佐敷瞳子はムッと頬を膨らませる。


 そのまま睨み合う二人を眺めながら、神木公平は思わず苦笑いを浮かべた。


「分かった、分かった。皆んなで行こう」


「だったら僕が案内しますよ。この街には何度か来た事がありますので」


 そのとき背後からシレッと現れたレトが、和やかな笑顔で微笑んでいる。


 正直これは助け船だ…


「ああレト、助かるよ。俺も瞳子も、全然知らない所だからさー」


 その救いの手にすがり付くように、神木公平はレトの元へと駆け寄っていった。

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