第72話

「まさか、一撃とはのう」


 白いフリルのゴスロリ黒ドレスを着た金髪縦ロールの少女が、金色のネコ科の瞳を見開いて感嘆の声をあげる。


「どうやら手助けなど、必要なかったようじゃな」


 トルネ河に浮かぶ船のマストの天辺に立っていたエルアーレは、開いた黒い日傘をクルクルと回しながら、愉快そうにその眼を細めた。


「サシキトーコとコーヘーと言ったか…」


 眼下に広がる光景では、街に戻ってきた二人と入れ違いに、数名の傭兵が岬の方へと駆けていく。


「英雄とやらも現れたようじゃし、儂もそろそろ身の振り方を決めんといかんようじゃの」


 エルアーレは何かを考え込むように瞳を閉じると、愉悦の表情で口角を吊り上げた。


   ~~~


 住民が徐々に日常に戻っていく中、傭兵だけは慌ただしそうに駆けずり回っている。


 討伐対象の正確な状況把握に諸々の事後処理など、やるべき事はまだまだ沢山ある。


 傭兵と言う響きに、ならず者の集団と言う印象を持っていた神木公平は、意外そうに周囲の様子を眺めていた。


「良かった、無事だったのね」


 そのときグレイスが、二人を気に病む素ぶりで姿を現した。しかしその翡翠色の瞳からは、多分に探るような光が発せられている。


 しかし全ての疑問を振り払うかのように、笑顔で両手を「パン」と叩いた。


「二人とも、傭兵になる気はない?」


「は…?」


 グレイスの突然の勧誘に、神木公平の目が思わず丸くなる。


「チェルシーに付いててもらいたいの」


 そう言ってグレイスは、右手を頬に添えながら小さな溜め息を吐いた。


「ほらあの子、傭兵辞めてくれないじゃない? だったら頼りになる人を付けようと思って」


「え…でも、あのザイードって人は?」


 そこで神木公平は、いつもチェルシーと共にいた図体のデカい無精髭の男性を思い出す。


「ああ彼には、本人の希望でもあるので、フィアホルン支部に行って貰おうと思ってるの」


「フィアホルン…」


 その都市名は確か、咲森勇人たちが向かった対魔物の最前線だ。


「すみません…私たち、メイさんのお店で…働いてますので」


 そのとき佐敷瞳子が、俯き加減でそっと呟く。


「それも分かってるわ。彼女の元には改めて、私自らご挨拶に伺うつもりよ」


「でも…」


 更に身体を縮こませる佐敷瞳子の耳元に、グレイスがそっと顔を寄せた。


「チェルシーが怖い?」


 そのひと言に、佐敷瞳子は顔をあげて驚いたように目を見開く。


 グレイスは佐敷瞳子の反応を見て、興味深そうに笑顔を浮かべた。


「二人揃ってのヨーイドンなら、あの子の積極性も強味でしょうが…今の彼にはどうでしょうね」


「……え?」


 佐敷瞳子は不思議そうな顔で、身体を離したグレイスを目で追いかける。


「妹にしか、見えてないんじゃないかしら?」


 そう言ってグレイスは、右手を頬に添えながら、困ったような笑顔を浮かべた。

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