第69話

「儂はな、サシキトーコ。この光景が割と好きなんじゃ。人間と云う生き物も、そこまで嫌いな訳じゃない」


 エルアーレは周囲をゆっくりと見回しながら、呟くように言葉を零す。


「じゃが仲間が言うように、儂らに住み難い世界である事もまた事実」


 それから再び、佐敷瞳子へと視線を戻した。


「じゃから試しておった。果たして本当に、手を差し伸べてやる程の価値があるのかどうかをな」


「エルアーレ…?」


 いまいち話の飲み込めない佐敷瞳子が、不思議そうに小首を傾げる。


「どうやら気付いておるようじゃが、彼奴あやつの上陸を向こうの岬の方に誘導してやる。ただし手を貸してやるのはそこまでじゃ。後はお主らで何とかせい」


「えっと、何のこと…」


「おー、そうじゃ!」


 しかし佐敷瞳子の疑問を押し退けて、エルアーレが思い出したように声を張り上げた。それからポケットに右手を突っ込むと、中から小指ほどのガラスボトルを取り出す。ボトルの先には飾り紐が結ばれており、首飾りのようになっていた。


「お主には、コレをやろう」


 両手で受け取った佐敷瞳子は、そのまま首飾りをマジマジと見つめる。


「星の…砂?」


「ほー、やはり分かるか。今となってはお主らには貴重な物じゃろうて、大事にするが良い」


 そう言ってエルアーレはニッコリと笑った。


「コーヘーさーん!」


 そのとき後ろの方から、大きな声が届いてくる。どうにも聞き覚えのある声に、佐敷瞳子は咄嗟に後ろに振り返った。


 現れたのは案の定、笑顔で駆けつけてくるチェルシーであった。


   ~~~


「コーヘーさん、奇遇ですね。こんな所で何してるんですかー?」


「奇遇…って」


 チェルシーのにこやかな笑顔に、神木公平は頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。


「今はフリマを見てて…」


 そう言って振り返るが、エルアーレの姿は既にそこには無かった。


「フリマ…? ああ、今日はバザールが開かれてたんですねー」


「気付いてなかったのか?」


「コーヘーさんしか見えてなかったですー」


 チェルシーは「テヘッ」と笑って、自分の頭をコツンと小突いた。


 神木公平は思わず呆気に取られるが、可愛い仕草も相まって、男として何とも言えない感情が沸々と込み上げてくる。


「チェルシー…仕事は?」


 そのときムッとした表情で、佐敷瞳子が無理矢理会話に割り込んだ。


「あ、トーコさんも居たんですねー」


 まるで初めて気付いたように、チェルシーが驚きの表情を見せる。


「だから…仕事は?」


 佐敷瞳子は負けじと、チェルシーを睨みつけた。


「今の任務はマリナジーテの防衛ですー。心配して頂かなくても結構ですー」


「…防衛? 何かあったのか?」


「先日ここの近海で、巨大なクラーケンが観測されたですー。もしかしたら襲ってくるかもしれないですー」


 チェルシーのその言葉に、神木公平と佐敷瞳子は思わず顔を見合わせた。

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