第68話

 佐敷瞳子はグイグイと神木公平を先導しながら、敷地一番奥の赤いタグを一直線に目指す。


「お…おい、もっとゆっくり見なくて良いのかよ」


 そんな前を歩く佐敷瞳子に向けて、神木公平は困惑の表情で声をかけた。


 ところが次の瞬間、佐敷瞳子が急に立ち止まる。その背中にそのまま衝突しそうになり、神木公平も慌ててグッと立ち止まった。


 それから覗き込むように、佐敷瞳子の肩越しに前方を確認する。するとそこには、前髪ぱっつん金髪縦ロールの、小さな女の子が胡座をかいて座っていた。どう見ても場違いな、白いフリルのゴスロリ黒ドレスを着た少女である。


「なんじゃなんじゃ? もしかして見に来てくれたのか?」


 黒く縦長の瞳孔が印象的な金色の瞳を一杯に輝かせて、少女は佐敷瞳子を嬉しそうに見上げた。


「…うん」


「そうかそうか嬉しいのう。儂はエルアーレじゃ。お主は?」


「佐敷瞳子…」


「そうかそうかサシキトーコ、ゆっくり思う存分見ていっておくれ」


 エルアーレは両手を広げてシートの上の商品を強調する。とは言えそこには、20センチメートル程の黒いナイフが一本置いてあるだけだった。


「何だコレ?」


 神木公平がその値段を見て唖然とする。それからここだけ客が誰もいない理由に納得がいった。


「なんじゃなんじゃ、そこな男は何か不満かの?」


 エルアーレがネコ科の瞳で、神木公平を鋭く睨む。


「言っておくがこのダガーは、儂のかなりの自信作じゃぞ?」


「いくらどれだけ自信作でも、フリマでこの値段設定は流石にねーよ」


 表示価格は50万リルグ。メイの店なら…いや何処の店でも、もっと大きな良い武器が買える。


「公平くん…違う」


 そのときしゃがみ込んでいた佐敷瞳子が、振り返って神木公平を見上げた。


「価値から…したら、4分の1…以下。ほとんど捨て値…」


「はあ…これで⁉︎」


 神木公平の驚きを他所に、佐敷瞳子は再びダガーへと視線を戻す。


 斬れ味大幅上昇に、斬れ味持続。攻撃力は千五百に届いている。ミサのコレクションに数点あった程度で、メイの店には千を超える物はひとつも無い。


「おーおーサシキトーコ、お主、物の価値が分かるよーじゃのう」


 エルアーレが金色の瞳を輝かせて、嬉しそうに微笑んだ。


「お主に逢えたそれだけで、ココに来た甲斐があったと云うものじゃ」


 そう言っておもむろに立ち上がると、エルアーレはシートとダガーを片付け始める。


「おい、帰るのか?」


 突然のその行動に驚いた神木公平が、思わず心配そうに言葉を漏らした。


「まーそうじゃな。一応儂の目的は、充分に達成したと言えるのでな」


 白のウエストポーチに全てを仕舞うと、最後に黒い日傘をポンと開く。


「楽しい時間をありがとうよ、サシキトーコ」


 エルアーレは右肩に乗せた日傘をクルクルと回しながら、優雅にニッコリと微笑んだ。

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