第66話

「私はグレイスと申します。ここの本部長なんてやらされてますが、大して偉くもないので、あまり身構えないでくださいね」


 グレイスは首を軽く横に傾げてニッコリ微笑む。その可愛らしい仕草からは、こんなに大きな娘がいるとはとても信じられない。ハルベルトの執着も、あながちただの妄想では無かったのだと、神木公平はここでやっと気が付いた。


「それでその本部長さまが、この子たちに一体何の用だい?」


「そうです! 私たちに何の用よ、お母さん!」


 頭の後ろで両指を組みながら、メイがグレイスに探るような視線を向ける。チェルシーも、それに合わせて声を張り上げた。


「チェルシーを呼んだ覚えはないのだけど?」


 グレイスはニッコリ微笑むと、チロリとザイードに視線を向ける。


「う…」


 するとザイードが、一瞬言葉に詰まった。


「チ…チェルシーも改めてお礼がしたいと二人を探しておった故、今から連れてくるから此処で待つよう伝えておったのだ」


 グレイスの笑顔は崩れない。しかし何故だか、ザイードは直立不動でダラダラと汗を流していた。


「仕方ないわね」


 頬に右手を添えながら、グレイスは「ほっ」と小さな溜め息を吐く。それから改めて、神木公平と佐敷瞳子に向けて姿勢を正した。


「娘が迷惑をかけたので、お二人には何か御礼をしようと思ってるの」


   ~~~


 ここ王都アインベルより東に、マリナジーテと云う港町がある。王都の北側を流れるトルネ河の河口に位置し、文字通り「漁港」として発展している。


 一級河川であるトルネ河は運河としても利用されており、定期連絡船によって両都市間の人や物資の輸送が可能となっていた。


 今回グレイスは、海鮮料理で有名なマリナジーテへと、二人を招待してくれるらしい。


「ちょっと待ちなよ。この件ではウチのトーコまで危うく手篭めにされそうになったんだ。それをたった一回の食事で済まそうだなんて…」


「勿論、謝礼金の方も御用意致しておりますよ」


 メイの底意地の悪そうな抗議に、グレイスがニッコリ笑って一枚の封筒を差し出した。


 サッと中味を確認したメイの表情が、ホクホクとした笑顔になる。どうやら、かなりの金額が入っていたようだ。


「折角の申し出だ、二人で行ってくると良い。マリナジーテの料理は絶品だぞ」


 彼女のあまりの急変振りに、神木公平と佐敷瞳子は顔を見合わせて苦笑いをするしかなかった。


「お母さん、私も当事者なんだから一緒に…っ」


 暫く蚊帳の外に追いやられていたチェルシーが、少し焦って話に食いつく。


「仕事中は本部長と呼ぶように、いつも言ってますよね」


 しかしチェルシーの言葉を一蹴するグレイスの笑顔には、何故だか不思議な威圧感が満ちていた。


「チェルシー残念だけど、アナタには別のお仕事が入っているのよ」

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