第九章 怪しいご招待

第65話

 先日の決闘で負傷した観戦者や通行人は、傭兵組合に所属する治癒術士が優先して治療にあたった。


 更に被害のあった家屋にも、その被害状況に応じて傭兵組合から補償が支払われた。


 そうして一夜明けた翌日の昼過ぎ、ザイードがメイの店にひょっこりと姿を現した。


「メイどの、居られるかー?」


「…またアンタかい。今度は何用だい?」


 店の入り口に陣取る図体のデカい男に、メイは迷惑そうな顔を向ける。


「おや、今日は天使どのは?」


「トーコなら二階さね。言っとくが、手を出そうものなら全力で排除するからな」


 言いながらメイは、レジ奥に置いてあるハンマーにソッと手を伸ばした。それを見たザイードが、慌てて両手を左右に振る。


「あーいや、待ってくだされ。用があるのは我ではなく本部長であるのだ。コーヘー殿と二人連れてくるように言付かっておる」


「傭兵組合のお偉いさんが、一体何用だい?」


「それは我も聞いてはおらぬが…」


「まあ、昨日の一件…だろーな」


「おそらくは…」


 メイは頭の後ろを掻きながら「はあー」と大きな溜め息を吐く。それから面倒そうな顔で口を開いた。


「仕方ない。私も一緒について行くから、少し表で待ってな」


   ~~~


「あ、コーヘーさんですーっ!」


 傭兵組合本部の一階談話フロアに着くと、チェルシーが神木公平に向けて飛びついてきた。


 しかしその瞬間、佐敷瞳子が神木公平の腕をグイッと引き寄せ、チェルシーの身体がスカッと横を通り抜ける。


「…いたんですね、トーコさん?」


「チェルシーこそ、何で…いるの?」


 神木公平を挟んで、二人の少女が睨み合う。身動きのとれない神木公平は、困った顔でメイとザイードに助けを求めた。ところがその助け船は、予想外の方向から現れた。


「おや、チェルシー。元気そうで何よりじゃない」


 神木公平が声のした方に顔を向けると、膝下まであるタイトスカートを穿いた、紺色レディーススーツ姿の女性が目に入る。


 背中まである若草色の髪をハーフアップにまとめ上げ、少し潤んだ翡翠色の瞳が大人の色気を一層際立たせていた。


「これは本部長どの」


 その女性に気付いたザイードが、姿勢を正して頭を下げる。


「あっ、お…お母さんっ⁉︎」


 そのときチェルシーが、驚いた様子で素っ頓狂な声を張り上げた。


   ~~~


「私が困ってた時には見て見ぬ振りしてたのに、今更ノコノコと何のつもりです?」


 チェルシーが頬を膨らませ、母親への不満をあらわにする。


「だってアナタ、何度言っても傭兵家業を辞めてくれないんだもの。だったらこのままスピアー家に囲われるのも、別に悪くはないと思って」


「な…な…」


 満面の笑みを浮かべる母親に、チェルシーは顔を真っ赤にしながら身体をプルプルと震わせた。


「そ…それが、大事な一人娘に対する母親の態度ですかっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る