第64話 番外編 5

 回復魔法と言えども万能ではない。


 病気は治らないし、欠損部位も再生しない。


 魔法を使えば瞬時に治る訳でもなく、術者の力量にも依るが、重傷であればある程時間がかかる。


 そのため重傷者死亡のケースは、本人の体力が保たない事が殆どなのだ。


「あの二人…聞いたか?」


 そのとき鳴神ひかりの近くに立っていた傭兵男性二人組が、泣き叫ぶ女性を見つめながら力無く呟く。


「…ああ。やっと先立つ物も貯まったから、来月結婚するんだと喜んでいた…」


「それが何で…クソっ、何も出来ないのかよっ」


 男のひとりが腹立たしげに地面を蹴りつける姿を見て、鳴神ひかりの瞳から涙が一粒零れ落ちた。


「こんなの…可哀想だよー」


「うぉぉおおおおお!」


 その涙を目撃した途端、白石和真が突然大声で吠えた。


「カ…カズっぺ、いきなり何っ⁉︎」


 そのあまりの勢いに、鳴神ひかりの目が驚きで丸くなる。


「ひかりちゃん、オレに任せろっ」


 白石和真は鳴神ひかりの手を両手でしっかり握りしめると、真っ直ぐに視線を合わせた。


「オレに…任せろぉぉおおおおお!」


 その後、大声で叫びながら、女性の方へと一直線に駆けていった。


   ~~~


 女性の膝上に頭を預けて横たわる男性は、呼吸も浅く顔色も蒼白い。腹部が異様にへこんでおり、重要な臓器が幾つも潰れている事が分かる。即死しててもおかしくないが、ここまで保ったのは、傭兵家業で鍛えた体力の為せる技であろう。


「あなた…は?」


 そのとき現れた年端もいかぬ見知らぬ少年に、かすれた声で女性が呟いた。


「そのままジッとしてろ」


 白石和真は二人のそばに膝をつくと、一度大きく深呼吸してから、男性にソッと右手をかざす。


「リカバー」


 自然と口から言葉が溢れた。一番好きなゲームの回復呪文だ。


 その時になって、先程の咲森勇人の言葉の意味をやっと理解する。


(何でもかんでもお見通しかよ)


 白石和真は呆れたように笑顔を浮かべた。


 その瞬間、光の粒子をまき散らしながら、男性の身体が光に包まれる。そうして光がゆっくりと収まった後、男性がパッと目を見開いた。


「えっ⁉︎」


 女性が思わず声をあげる。男性はそのまま上半身を起こすと、自分の身体を不思議そうに眺めた。


「痛くない…もう、どこも痛くないぞっ!」


「まさか…っ、本当に…?」


「ああ本当だ、どこも痛くないっ!」


 二人はお互い抱き合いながら、大粒の涙を流して喜び合った。


「これが、カズマさまの魔法…」


 それをボンヤリと眺めていた白石和真の元に、不意に背後から声が届く。その声に白石和真が振り返ると、ユミルが両指を組み合わせて瞳を輝かせながら立っていた。


「カズっぺ、めっちゃカッコ良かったー」


 そしてその横に、涙目で頬を真っ赤に染めた鳴神ひかりの姿が目に入る。


「ひかりちゃん」


 白石和真はスックと立ち上がり、ゆっくりと両腕を開いた。


「良かったー、ホントに良かったよー」


 鳴神ひかりは「うわーん」と泣き声をあげると、直ぐそばに立っていた咲森勇人の胸に飛び込む。


「ちょ…ちょっとひかりちゃーん、そこはオレの胸でしょーーっ!」


 白石和真の涙ながらの絶叫は、防壁に囲まれた円形の空へと吸い込まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る