第53話

「何だい何だい、急に何事だい?」


 メイが慌てた様子もなく、他人事のように呑気な声をあげた。


「そこの少女よ、ソイツらとは知り合いか?」


 ハルベルトはメイを見据えながら、強い口調で質問を投げかける。


「まあ、一応…な」


「ソイツらは強盗だ。お前もその一味か?」


「あん、強盗?」


「そうだ。裏切り者のチェルシーがそこの強盗と手を組み、日輪熊の素材を奪いとろうと森で襲ってきたのだ」


「何を言ってるですか! アレは私たちが討伐した物を、ハルベルト様にお譲りしたんですっ」


 有り得ない程の濡れ衣に、チェルシーは思わず声を張り上げた。


「お前こそ、何を言っている」


 チェルシーのその反論に、ハルベルトは呆れたように嘲笑する。


「俺ほどの実力者ならともかく、新米傭兵のお前にそんな芸当が出来ると誰が信じる?」


「た、確かに私には無理ですけど…ですがアレは、コーヘーさんが倒したんですっ!」


 言いながらチェルシーは、振り返って神木公平を仰ぎ見た。その瞬間ハルベルトが、声をたてて大笑いを始める。


「それ程の実力者なら、当然その名前も知れ渡っている筈だな。おい誰か、アイツの名前をしってる奴はいるか?」


 わざとらしい程の大袈裟な身振りで、ハルベルトが周囲の人間を煽る。しかし集まった人々は、騒つくだけで誰も声をあげなかった。


「見ろ、これが答えだ」


「そんな…」


 チェルシーが周りを見回しながら、悔しそうに唇を噛みしめる。


「何で貴族の馬車が、こんな裏門に現れたのか不思議に思ってたが…どうやらアンタたち、待ち伏せされたようだね」


 チェルシーとハルベルトのやり取りを眺めながら、メイが溜め息混じりに呟いた。


「これ…俺たち、どうなるんですか?」


 良くない流れに、神木公平の背中を冷や汗が伝う。周囲の厳しい視線に晒され、佐敷瞳子も不安そうに神木公平の上着の裾を握りしめていた。


「普通なら役人に通報して終わりなんだが…あのお坊っちゃんの事だから、どーだろな」


「どういう意味…」


 しかし神木公平が疑問を言い終える前に、ハルベルトが更に口を開く。


「本来なら官憲に突き出すところだが、それでは俺の気が収まらぬ。日輪熊との壮絶な死闘の後でなければ、お前たちを取り逃すような事はなかったのだからな」


 言いながらハルベルトは右腕をユラリと振り上げ、ビシッと神木公平たちを指差した。


「決闘だっ! お前たちの歪んだ根性を、俺が直々に叩き直してやる」


 その瞬間、周囲の人集りから「おおー」と歓声があがった。それから「そんな卑怯者は、捕まえるだけなんて生温い」「そうだ、そうだ」と非難の声も聞こえ始める。


「ちょっと待つです。私たちは本当に何も…」


「明日の朝、我が邸宅へ来い。逃げれば国中に指名手配をかけるぞ」


 蒼い顔で狼狽うろたえるチェルシーに追い討ちをかけるように、ハルベルトが強い口調で覆い被せた。


「少し、構わぬだろうか」


 そのとき図体のデカいボサボサ頭の男が、人混みの中からノソリと姿を現した。

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