第52話

 ハルベルトたちは、日輪熊の毛皮を奪うように受け取ると、早々にこの場から去っていった。


 残された神木公平たちは、暫く誰も言葉を発しなかった。しかしやがて、チェルシーが神木公平と佐敷瞳子の方に身体を向けた。


「本当に、何から何までありがとですーっ!」


 そう言って深々と頭を下げる。


「しかも、あんなに貴重な素材まで…どれだけ感謝しても感謝しきれないですー」


「そんなに凄い素材だったのか、アレ?」


「と、当然ですーっ! もしかして、ご存知なかったですかー?」


 神木公平の「へー」と感心する姿を見て、チェルシーは思わず声を張り上げた。


「元々個体数の少ない魔獣ですが、やっぱりその強さですー。普通なら10人くらいは必要ですー」


「そ…そーなんだ」


 その説明を聞いて、神木公平はチラリと佐敷瞳子に目を向ける。あのとき佐敷瞳子に絶対勝てると太鼓判を押されたので、そこまで強い魔獣だとは思ってなかった。と言う事は、この籠手の能力がそれ程強いと言う事になる。


「公平くん、どうか…した?」


 神木公平からの視線に気付き、佐敷瞳子が不思議そうな声を出した。


「いや、瞳子がいてくれて良かったなと思ってさ」


「ふへ…っ⁉︎ 何で、急に…そんな?」


 その瞬間、シュボンと佐敷瞳子の顔が沸騰する。


「急に…って、何度も言ってなかったか、俺?」


「ハハッ」と笑う神木公平を見て、佐敷瞳子は恥ずかしそうに顔を伏せた。


「あ、あのー…」


 そのときチェルシーが、気まずそうに口を開く。


「お二人は、どー言う関係なんですかー?」


   ~~~


「そーですか、幼なじみさんですかっ」


 何やら弾んだ声で安堵の息を漏らすチェルシーを、佐敷瞳子が怪訝な瞳でジッと睨む。


 それから神木公平の背後にそっと近付くと、彼の右袖をちょこんと摘んだ。


「ん…どうした、瞳子?」


「何でも…ない」


 気付いた神木公平が何事かと振り返るが、佐敷瞳子は口を尖らせ、やや不満そうに顔を伏せた。


 そうして3人は、馬車を走らせ帰路に着く。


 裏門を抜け中の広場に戻ってくると、一台の馬車を中心に、大勢の人が集まり騒然としていた。


 神木公平たちは馬車を降り、何事かと遠巻きに様子を伺う。すると不意に、横から声をかけられた。


「そろそろだと思って迎えに来たが、思ったより遅かったな」


「あ、メイさん、ただいま戻りました」


 現れたメイに気が付いて、神木公平はパッと走り寄って頭を下げる。


「で、ソッチは?」


 頭の後ろで両指を組みながら、メイは興味深そうに見慣れぬ少女を観察した。


「あ、初めまして、チェルシーです」


 チェルシーが、青色ワンピースの裾を両手で摘んで、ペコリとお辞儀する。


「ふーん」


 メイは何やらニヤニヤしながら、意味深な表情でチェルシーに右手を差し出した。


「私はメイだ、ヨロシクな」


「アッチで何かあったんですか?」


 握手を交わす二人を尻目に、神木公平が人集りを眺めながら疑問を口にする。


「ああ、何でもスピアー家のお坊っちゃんが日輪熊を討伐したとかで、それはもう大騒ぎさ」


 あまり興味も無さそうにメイが答えたとき、不意に周囲を大勢の人々に囲まれた。一体何事かと神木公平が焦っていると、人集りの一角がパッと別れて道が開ける。


「よくもまあ逃げ出さずに、堂々と帰ってこれたものだな」


 そのときハルベルトが、その道を通って悠然と姿を現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る