第51話

「さあチェルシー、来るんだ。帰るぞ」


 やや高圧的な態度で、ハルベルトがチェルシーを呼び寄せた。しかしそのとき意を決した様子で、チェルシーが声を張り上げ頭を下げる。


「あの…っ、本当にごめんなさいです! ハルベルト様の元へは戻れないですっ!」


「何…だとっ!」


 その瞬間、ハルベルトの鋭い吊り目が更に激しく吊り上がった。


「あらあら貴女、ハルベルト様に助けて貰ったご恩を忘れてしまったのかしら?」


 純白ドレスアーマーのハイスが右手の甲を口元に添えながら、艶かしい瞳でチェルシーを見据える。


「危ないところを助けていただいたご恩は、本当に忘れてないです! ですが…っ」


「ですが…何? ハルベルト様に対する反抗的な態度、一体どういうつもりなのか知りたいわね?」


 ビキニアーマーのロートも、腰に手を当て腹立たしそうにチェルシーを睨み付けた。


「ですが私、ハルベルト様のあ…愛人になんて、成りたくないんですっ!」


(え?)


 耳まで真っ赤に染めて叫んだチェルシーの言葉に、神木公平は思わず我が耳を疑った。


「何だチェルシー、もしかして自分が3番目というのが不満なのか?」


(はあ⁉︎)


 しかしそれに対するハルベルトの反応は、神木公平の想定を超えた物だった。


「心配せずともお前はまだ若い。俺の元で女を磨けば、一番になる日も来るやもしれんぞ」


「あらイヤだ。ハルベルト様は、こんな小娘がお好みなのかしら?」


 ハイスが背伸びをしながら、ハルベルトの耳元に囁きかける。


「本気だとしたら、妬けますわね」


 ハルベルトの胸元に顔をうずめながら、ロートも非難めいた吐息を漏らした。


「若さとは大いなる可能性だ。どんなに困難な道であっても、その可能性を否定してしまっては可哀想という物だ」


「ああ、ハルベルト様…なんとお優しい」


 ハイスとロートがウットリした瞳で、ハルベルトにすがり付く。


「違うんですーっ! 本当に嫌なんですーっ!」


 一生懸命に叫ぶチェルシーの声は、しかし残念ながら彼らの世界に届く事はなかった。


   ~~~


「あの、ちょっと良いですか?」


 そのとき神木公平が、チェルシーを背中で護るように一歩前に出た。


「何だ貴様は、いつからいた?」


「ぐ…っ」


 まるでゴミでも見るかのようなハルベルトの冷めた視線に、神木公平の心が折れそうになる。しかし事前に打ち合わせていた手筈通りに、筒状に丸めていた日輪熊の毛皮を、リュックから取り出しパラリと開いた。


「な…、それは日輪熊の毛皮っ⁉︎」


 流石のハルベルトも目を丸くする。


「も、勿論タダでとは言わないです。助けていただいた感謝の印として、この素材と功績をお渡しするですっ!」


 ここぞとばかりに、チェルシーはお腹の底から声を張り上げた。


「こんな少人数で日輪熊を討伐したなど…信じられるかっ!」


「だったらご自身で確かめてみますか?」


 その瞬間、神木公平の金の双眸に威圧され、ハルベルトは思わず声を失う。


「この俺に盾ついた事、必ず後悔させてやるぞ!」


 しかし直ぐさま我に返ると、呑まれた自分を誤魔化すように大きな声で吐き捨てた。

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