御贄のヒメは捨て皇子と果てない国のユメが見たい
宿花
第一部
序幕 贄姫失格
第1話 贄姫と龍のまなこ
姉姫のおみ足が地を
みなが一心に、姉姫が無事使命を遂げられるようにと
ユメも、幼いながらもみなと同じく背中を丸めていた。ひたいを膝頭につけて、姉姫の最期の言いつけを守ろうと必死で祈っていた。
(お姉さまのお心のとおりにします。わたくしが
あまりに強く願ったからだろうか。
ヒトならぬ
その音の異様さに、姉姫の無事のおつとめへの祈りの句が頭からすこんと落ちた。
これは龍の声なのだろうか。姉姫はまだ無事でいらっしゃるのか、もう食べ終えられてしまったのか。
祈る周囲から取り残されたユメは、いっぱしの不安と不謹慎な好奇心に思考を明け渡す。
(龍とは、鬼のようにおそろしい顔をしているのかしら)
ユメはひとり、涙に覆われたままのまなこを持ち上げた。
儀式の中心にありながらも閉ざされたままであった、神の世とをつなぐ『おとびら』が、姉姫を招き入れるようにぎいと
(あ。お姉さま、きれい……)
面前から差す
(――――!)
川がこおこおと鳴いている。
ユメは目を見開いたまま、『おとびら』の向こうがわを食い入るように見つめる。
そして、うぞぞと大きくうねる空の模様に気がついた。
その模様は、いきものが呼吸するようにゆっくりと向きを変えながら光を反射している。
これはおおきなうろこだ。一枚一枚が人ひとりを優に呑み込むほどに巨大な龍のうろこが、『おとびら』の向こうの空を這っている。
うねり、うごめき、どんどん気配を濃くする龍が、とうとう『おとびら』の先からユメを見つけた。
不遜にも
ユメは無数の光を屈折させるその目の妖しいかがやきから目が離せない。
春のおわりにびっしりと開き切った木々の緑を映し込んだ水面のような深く澄んだ、宝玉のようにつややかな翠のまなこが大きく開かれ、そして――
挑むように、せせら笑うように
鋭い歯と歯の隙間から龍の吐息が『おとびら』から神殿中に吐かれ、ぐわりと風が通る。背筋をかしこきものが通り抜けていったような
この世のものならぬ事象に気を取られていると、意識を取り戻させるようにかん高い音を立て、止める間もなく『おとびら』が閉ざされた。
姉姫は二度と帰らず、母は泣いて、父王と民は歓喜にわいた。
ユメはひととき使命も未来も忘れ、取り付かれたように脳裏に残る宝石のような龍のまなこを見つめ続けていた。
※ かしこきもの=恐ろしいもの
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