海
再び電車に乗り、目的地へ。
もうずいぶん陽も傾いてきた。
鉄橋に差し掛かると、車窓から海が見えた。
ここからでも波の音が聴こえるような気がしてくる。
サーリヤと出会ったのは、海だった。
もともと山に住む俺の一族が、海辺へ住処を変えた理由は、未だに知らない。
きっとろくでもない理由だろうな、と幼いながらに感じたからだ。
海の街では
そんな中、当たり前のように話しかけてきたのがサーリヤだった。
俺たちはあっという間に仲良くなり、年頃のガキらしく悪戯に明け暮れ、気が済むまでしゃぎ回り、夕暮れの中、手を繋いで家に帰った。
この頃すでにサーリヤは髪を丁寧に扱うよう言われていたと思うが、お構いなしに毎日泥だらけになって遊んだ。
眺めのいい断崖の縁まで、俺はゆっくりと登った。延々と潮風が顔に当り、この季節にしては寒く感じる。
目的地までたどり着くと、俺はおもむろにバッグを下ろし、中からサーリヤの首を取り出した。
大昔、海に棲む者だったというサーリヤの一族は、独特の水葬の儀を行う。
本来それは遺族がやるもので、親族でもない俺がやるのは異例の事だ。
けれどサーリヤの母親に「貴方がやるのが一番いい」と言われてしまえば、断ることはできなかった。
いつだったか、この儀式の話を聞いたとき、サーリヤは"海に帰る"と表現した。
ハハ、そうだな、お前は還るんだな。俺を残して。
顔の位置まで首を掲げる。バッグの中からスルリと黒髪が現れる。
「確かにこれを四六時中首に巻きつけるのはつらいよなぁ」
サーリヤの首はもちろん冷たい。しかしかけられた魔法のおかげで、その髪も顔も生前のまま、綺麗なまま、俺の手の中にあった。
その顔にそっと口付ける。
最初で、最後で、初めてのキスだった。
額にかかる髪を指先で撫で、俺は首を海へ放り投げる。
長い黒髪が煌めきながら消えていった。
遠く遠く、波が岩肌に砕ける音が、いつまでも耳に残った。
潮騒 塔 @soundfish
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