第31話、危うし策士レルガ


「――王国もんがぁぁああああ!!」


 クラン『タダの方舟』本拠地が揺れる。怒れるターテンが石造りのテーブルに落とした拳一つによって。


「いよいよやりおったなぁ!! ただではおかんぞ!!」


 温厚なターテンしか知らないクランメンバー達は、ここまでの彼の怒りを目にした事はなかった。


「……調査を進めるにゃ。それぞれ獣人族の信頼できる者を連れて調べるにゃ」

「無論です。すぐに選抜します」

「うす」


 普段は笑顔の絶えないニャオも、殺気を迸らせて部下へ命じた。


「生捕りが望ましいけど、無理に生かす必要もないにゃ」

「「…………」」


 静かにクランメンバー二人が頭を下げた。


 頑強なターテンの怒気とニャオの突き刺す気質の魔力に本拠地は静まり返る。


「…………」


 比類なき力でシーア達を救ったシユウが同席しているのもあって、クランには小声や酒を飲み下す雑音一つない。


「……パパ達、なんかマジこわいんだけど……」

「…………」


 シーアとリーアも構わず食事するレルガを挟んで寄り添い合い、見たことのない父親等の側面に震えていた。


「シーアちゃんっ、パパは全然怖くないよ!? ほぅらどこが怖いのっ? ごめんね、二人が狙われて人格変わるくらいにパパ頭に来ちゃったの!! そういう生き物なの!!」

「た、ターテンはお仕事はこんな感じの時もあるにゃ! でもニャオは違うにゃよ? いつもの優しいニャオパパにゃ!」

「おいこらっ、ニャオ!! 調子付きおって!!」


 飛ぶ勢いで駆け寄り大きな四角い顔で焦るターテン。猫又族のニャオは尻尾を振りながら愛嬌良く姉妹へ言い訳する。


「レルガもありがとにゃあ〜。お礼はしてもしたりないから、とりあえず今日はどんどん食べるにゃ!!」

「おおっ……!!」


 両手の焼き鳥を持ったまま、喜色満面のレルガがマスターの方に駆けて行く。


「め、目の前にまだいっぱいあるにょに、注文しにいったにゃ……?」

「二人も食べられるようなら食事をして来たらどうかな? まだ我々はクロード君から話を訊かねばならないからね」


 リーアとシーアの背も押し、大人の話し合いから遠ざける。


 視線で指示して、ウェイターの女性に料理を遠くの席へと持って行かせる。


 三人の幼き子達が席に落ち着くのを見届け、ほっと一息吐いて改めて会話を切り出した。


「クロード君、難敵をどうやって倒したかはあえて訊かない。手の内を明かしたくないだろうからね」

「そうしてくれ……」

「王国もんが、協力者がいると言ったんだね?」

「あぁ、それもあの姉妹だけ指定していたと言っていた。名前も分からない。特徴も。ただ王国出身とだけだ」

「……そうか」


 険しい顔付きのターテンが太い腕を組み、クロードの話を噛み締めて熟考する。


「許せん……リーアちゃんにも魔涎粉が付着していたのだから狙っていたのは疑いようもない。協力者か……出身なんてどうとでも言える。王国もんか、それとも公国内に裏切り者がいるのか」

「どちらにせよ早期解決が望まれるだろう。このまま“キャシーパニック”の期間に入るのはあらゆる意味で危険だ」


 白湯を黙して口にしていたシユウが、淡々と要点のみを告げた。


「言わずもがな。出入り口の探査犬によるチェックと警戒を伝達した。メダルに王国出身と記載されてある者は調べ尽くすのだ」


 王国側の探索者議会への抗議と共に、徹底的な調査を誓うターテン。


 だがこの広い魔窟内に潜伏しているのだとすれば、そう簡単には見つからないだろう。少しの道具さえあれば、紫山級相当ならばしばらくは生活できる。


「…………」


 クロードのもう一つの報告にあった、黒雲級同士がぶつかる可能性。これは有り得ないと鼻で笑えるものではない。


 スパークはこの魔窟での活動は一年と少しだ。


 しかし数年前よりかなり険悪な関係であることは痛感していた。中でも探索者狩りと縄張り意識はいつ激突してもおかしくない繊細な問題となっている。


 現に知る中で一度だけだが、王国と公国の黒雲級が魔窟内で戦闘をしたという話も出た。


 全体でとなると、それは紛れもない戦争だ。


「…………」

「やってやんぞ、王国もんが……」


 事実としてクラン内のメンバー達は既にやる気になっていた。今回の件が伝われば他のクランであろうとも大差はないだろう。


 衝突の未来図は、徐々に、しかし確実に濃くなっている……。


「もう一つ。その王国の探索者狩りが言うように公国にも探索者狩りがいるのなら、そちらも許しはしない」

「優先順位はあるけども、そっちも当然に調べるにゃ」

「頼みます。俺の方でも調べてはみるが、限界はあるので」


 馴れ合うつもりはないと、シユウは再び黙り込んでしまった。


「……すまんが、先に俺のアレをくれないか」

「ん? あぁ、金か。そうだったな、ところでどのくらいいるのかな?」

「…………」

「そんなに……? ……仕方ない」


 クロードが無言で四本の指を立て、ターテンへと金銭を要求していた。


 それを受けて渋々席を立つターテンを目にして、どうやら今回の仕事の報酬を催促したのだろうと誰もが推察した。


「……どんだけ金に執着してんだ」

「シユウさんが受け取ってねぇのに、あの野郎……」


 突き刺す侮蔑の視線も他所に、ターテンに連れられてクロードはクラン本部奥へと引っ込んだ。


 そして二人は一段下にある地下金庫への扉を行き、ターテンの鍵で内部へと。


「……ぬぅ〜、本当に引き出すのかい? レルガちゃんが欲しいものができた時の為に預けていた金だろう?」

「その……予想よりレルガの服がダメになるペースが早いんで、ちょっと奮発していいものを買おうかと……」

「アッハッハ、そうだったか!」


 溌剌に笑うターテンが、クロードの預金を取り出す。


「ふむ、もうすぐレルガちゃんにも蒼樹級のメダルをあげられるから、もっといい仕事ができるようになる。それまでの辛抱だね」


 クロードに背を向けて用意するターテンが、“レルガ貯金”に加えてお礼にと今回のボーナスをそっともう一つの革袋へ。


「もうすぐ『星夜の儀』もあるというのに大変だな……あっ、前にも言ったけどレルガちゃんも参加できるものだから、その日はこの地区にいるようにね?」

「気を付けます。俺らは今のところ日帰りが多いから大丈夫でしょうけどね」

「一応、資格としては君も参加できるぞ?」

「い、いや、それは……あれって宝探しでしょ? 俺は止めておきます」


 ………


 ……


 …



 シユウがここにいる。そして調査に乗り出す。


 それは途轍もない安心感をシーア達に与えていた。


「……見て見てレルガちゃん、今回はあれだってぇ〜」

「むぐむぐむぐ…………あのキラキラのやつ?」


 疲労から気怠げに頬杖を突くシーアの関心は王国側から返って来た今回の『星夜の儀』の景品である水晶剣にあった。


 雪の結晶を思わせる儚くも美しいデザインをした一種の魔剣である。


 公国側の出口にある領地に住まう富豪が用意したもので、病で床に伏せっている自分が次世代の探索者への贈り物として秘蔵のものを出したのだとか。


「王国もんに狙われてんのダルぅ、楽しめないじゃん……。つまんなぁ〜い」


 探索者の卵達を対象に行われる古くからの催しで、毎年欠かさず行われて来た。


 公国と王国の仲が悪い時代にも欠かさず。


 景品はとある魔物の棲む安全なゾーンのどこかに隠され、子供達はそれを探索する。


「……でも未だにそん時の武器で活動してる人もいるし、毎年めちゃくちゃ良いもんなんだってぇ。お姉かレルガちゃんが見つけてくれればいいんだけどね」

「いらな〜い。レルガには“ふらんそわ〜ず”がある」

「え、あの大剣ってそんな名前なん……?」


 運ばれて来た湯気立ち登るフライドチキンを頬張るレルガ達の元へと、席を立っていたリーアが戻る。


「何のお話を…………あの、レルガさん」

「しらない」

「まだ何も言ってません。……私が頼んであった“シシトウの串焼き”なんですけど、食べました?」


 行儀良く座るリーアが、眼鏡をかけ直してレルガへと向き合う。


「通常、串二本にそれぞれ四つずつで八つ刺さっているはずなんです。それが…………たった一つのシシトウしかありません。それもあたかも最初からそうであったかのように、二本で刺してあります」


 偽装工作の跡を鋭く指摘して、リーアは理詰めの構えを見せる。


「…………レルガを、叱るのか?」

「はい。間違いをしてしまったなら、ごめんなさいは必要です」


 それを受けたレルガはフライドチキンを鉄板プレートへと置き、やれやれとお手拭きで手を拭いてから後頭部をかく仕草を見せた。


「――――」


 その刹那の際にマスターはレルガからの『シシトウの串焼き、大至急』とのハンドジェスチャーに目を光らせる。


「……でもしかし、しょーこがない」

「シーアは、レルガさんが食べているところを見てたでしょ? どうだったの?」

「シーアはリーアの妹だから、ウソつくかもしれない」

「くっ……」

「それにリーアが食べたかもしれない。おぼえてないだけかもしれない」

「かもしれない論法はやめてください。……そんな事ありませんっ。私はシシトウは大好きなので最後までとっておいた筈です!」

「いままで食べたもの、全部いえる?」

「…………そ、れは……」


 お腹が空いていた上に疲労も濃く、明快には回答できない。


 劣勢のリーアを見て再びフライドチキンを手に取ろうとするレルガへと、苦し紛れの追求がされる。


「れ、レルガさんもシシトウが好きだから、つい食べてしまったんですよね!?」

「そんなことない。クロードさまがミドリの好きだから、ためしに食べてみたかっただけ。あんまり美味しくなかった」

「美味しくなかったって言いましたね!?」

「っ……!?」


 天才レルガがつい滑ってしまった口を慌てて両手で塞ぐ。


 フライドチキンのあまりのジューシーさに心奪われ、思考が疎かになってしまった。一口いってしまっていなければ、こうはならなかったに違いない。


「……あ〜ん」


 先程にレルガが不器用に刺していた残り一つのシシトウを食べるシーアの、また頼めばいいだろうという視線もリーアには届かない。


 気を落ち着けてから改めて向かい合い、汗滲むレルガを見据える。


 そして幼い妹に諭すように言葉を選んで告げる。


「ふぅ……さっ、こういう時はなんて言うんですか?」

「…………」


 ここまで粘ったのだからどうしても謝りたくないレルガが、“マスタぁ急いで”と念じながら懸命にリーアの圧に耐える。


「ご?」

「ご……んざれす」

「誰ですかっ、違います」


 リーアが今一度レルガが謝り易いよう繰り返させる形で促す。


「はい、“ごめんなさい”!」

「いいよっ!」

「そうではありませんっ!! なんで私が許されてるんですか!!」



 ………


 ……


 …




 命狙われるもマイペースなレルガに流されて姦しく騒いでいた姉妹は、二日の休息を経て上層のゾーンにやって来ていた。


 程良く草木の生え、様々な動物と魔物が共存する区域。


 見慣れたゾーンであった。


「……もう水猪はいいって。こいつのブサ顔なんてマジで見飽きたわ」

「かーっ、折角気晴らしに身体動かせるようにってターテンさんに頼み込んで連れ出してやったってのに! 言うねぇ……」


 うんざりな気分を前髪を弄って表すシーアに、スパークは気難しい年頃の厄介さを思う。


 しかしターテンの許可が出るのは、どれだけの敵が襲撃しようともスパークで対処可能な場所に限られる。


 そうなるともう、ここくらいしか選択肢はなかった。


「盾の技術は勿論、重要なんだけど……僕としてはもっと根本的に気にしている事があるんだ」


 指導するテオがリーアと盾を構え、水猪と相対する。


「敵の意識の行先をコントロールするんだ。味方に向いてる場合にはこっちに引き付けないとね」

「ッ……!!」


 リーアへ向いた水猪の意識を、軽く踏み込む動きで引き付けるテオ。


「勉強になります……!!」

「こういう事もできるようになると、もっと楽しいと思うよ。やっぱり探索者って根っこに戦闘を楽しむ気持ちみたいなものがあるんだろうね」

「そ、そうなんですか……」


 自分へ突進させた水猪の首元をいとも容易く斬り殺し、〔純騎士〕の腕を見せる。


「…………」

「良かったんですか? お付き合いしてくれるのは嬉しいんですけど、調査とか討伐とかあるんじゃ……」

「あ、あぁ、気にしなくて大丈夫さ。シユウさんが率先して調べてるし、討伐の方もロクウさんが請け負うらしい」

「そうだったんですか。……でもお陰でたくさん教えてもらってます」

「可愛いことを言ってくれるじゃないか。これは一層気合いを入れて教えてあげないとね」


 慕うリーアの頭を撫でつつもテオはある人物について考えを巡らせる。


 “クロード”。


 王国の探索者狩りはかなりの手練れであった。それを無傷で倒すとは、どのような手段を用いたのだろうか。


 しかもそこにレルガを連れて行かなかったと聞いている。


「……クロードさんは、もしかしたら……」

「え……?」

「あっ、いや気にしないで。きっと勘違いだ」


 今頃はシユウが魔涎粉を所持していたであろう王国側からの探索者のアジトへ乗り込んでいるだろう。


 頼もしいが、予断できない状況がまた一つ進む。テオはふと過った考えを振り払い、溜め息一つ吐いて気を引き締め直した。



 ♢♢♢



 そこは中層にある“第二安全地区”の隅にある家屋であった。


 賃貸としても値段は高く、滞在に費用が嵩む。よって上位の探索者集う第二安全地区は調査対象とされてはいなかった。


 だがだからこそシユウは真っ先にこちらから調べ、案の定一組の探索者チームに行き着いた。


 家屋に踏み込んだシユウの姿を見ると彼等は驚きに身を強張らせ、愕然として抵抗なども考えずに流石に観念した。


 尋問の結果、王国から潜伏していた彼等の話を要約するとこうなる。


『――黒騎士の指示でやった……』


 シユウの切れ長の目付きが、一層鋭くなった。


 まるで目下の標的を見据えるように……。


 黒騎士が関与している可能性は、すぐに公国の探索者達の間に広まっていった。特に報せてはいないのに、風に乗ったように駆け抜けた。


 緊迫感が一段と増す。


 『探索者シーカー戦争』が、遂に現実味を帯びる事となった。


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