第32話、先発クロード



「つよいヤツに会いにいく」

「…………」


 片手にお茶、もう片方にポテトチップを食べる俺にレルガが宣言した。


 服と一緒に買った装備を身に付け、見るからにギラギラとしてやる気満々だ。


『氷青虎の腰布』に『鰐竜の胸当て』、ちょっとだけ高かった。


 さっきまで職人顔でふらんそわ〜ず(大剣)を眺めていたのに。ポテトチップ食いながら。ヌルヌルしちゃうから後で洗っておかないと。


「強いやつって……」

「シーカーやりたいっ!」

「でも……」


 魔窟の珍しい魔物観察にやって来ていた俺達は、密林の中に切り立った大岩から今まさに縄張りを争おうという『身躱し鷲』と『銅羅虎』を見下ろしていた。


 ちなみにここは今、乱世状態なのでどちらもめちゃくちゃ強い。さながら武田信玄と上杉謙信。よって人の気配がないからより魔窟内の自然に浸れるのだ。


「今……?」

「いまっ、すぐッッ!!」


 戦いの行方が気になる俺は、恐ろしい剣幕で急かすレルガへ提案してみる。


「……あれだけ観戦させてくれない?」

「いいよ」

「いいんだ……! いまの意気込みのわりにはあっさり……」


 すると胡座をかく上に座り、いつものように寛ぎ始めた。


「ふぃ〜……レルガはトリにする」

「え、まさか賭け事を持ちかけてるの?」


 仕方がないので俺は二足で素早い踏み込みを見せ、怒涛の猫パンチを繰り出す虎の方に賭ける。


「……強い奴ね。俺が援護していい感じに倒せるので言うなら上層の特異種なんだけど、危険だから注意しろっていうのが二体……二体? まぁいるんだよね」

「ふむふむもぐもぐ」


 俺が手に取ったポテトチップを尽く食べてしまうもんだから、俺はいつまで経っても食べられない。


 ポテトチップ運び機になりつつもターテンから気を付けるようにと厳重に注意を受けた魔物を教えてあげる。


「この一体はもう絶対に避けろってやつ……」


 ……【耐性異常】三面・アルディン。生きてはいるが一応はゴーレムに分類されるらしい。


 その特性上シユウやロクウには相性が悪く、戦闘力自体も他とは段違いに強い。上層にも中層にさえもいていい強さではないらしい。


「そんで一匹でも見かけたら即時撤退して報告しろって言われたのが、【卑劣な一家チェイサー】ってのなんだけど……」


 ……最悪な魔物と聞いている。


 特異種というよりも、“異常種”と呼ぶべき生物であった。


 アルディンが強さで異常なら、【卑劣な一家】は悪質さで異常。


 魔窟の生態系を脅かす程の危険度であるそうだ。


 ここ最近は特に拍車がかかっているとクランマスターも嘆いていた。


「だからこれより弱い奴で特異種か魔物を探してみようか」

「わかったぁ。夜はシーアと一杯のむよてい」

「ジュースをね。……レルガも昔と違って人付き合いができるようになって来たよ。感慨深いなぁ……」

「…………」

「めっちゃ照れるじゃん」


 てへへと頭をかいて照れるレルガ。


「まえは弱かったから。でもレルガはつよくなった」

「そうだね」

「クロノさまみたいに、弱いヤツを笑えるようになった」

「笑ってないけど!?」



 ………


 ……


 …




 とんでもない誤解を抱えていたレルガを連れて安全地区付近まで戻って来た。


 骨が点々と散らばる荒廃したエリア。住居であったものらしき建物もあり、なんか意味深だ。


「さわ〜くり〜む」

「……強そうだなぁ。アレは難しいか……?」


 隣のレルガがマスターのおやつ第二弾のポテトフライにサワークリームを付けて食べ始めるも、俺は標的を目にして少し困り気味だ。


 金属の鎧を纏う豚のような大きな魔物であった。遠目からだとバスみたいにも見える。


 のっしのっしと歩いて、地面に散らばった剣やら何やらを食べている。遺品とか高価なものも全部食べてしまい、どんどん大きくなる上に強さを自覚したのか凶暴になるばかりなので駆除対象となった。


【鉄纏い一角】、頑固なまでに突進して角の刃を突き刺してくるらしい。


 道順的にもこいつが一番都合が良かったんだけど、あれ俺のクロノレーザー効くか……?


「クロノさま、クロノさま」

「何? あいつと戦いたいなら俺もちょっと強めのやつ試してみようか」

「ぶた丼たべたくなった。今か、ちょっとあとでもいい」

「ぇ……」


 それすぐ作ってくれってことやん。戦闘前か戦闘後にささっと食べたいってことじゃん。


 ……ここは一つ、教育すべきだろう。俺のことをいつ如何なる時どんな料理でもすっと出て来るドリンクバー的な存在だと思われても困る。


 そう判断した俺はレルガの我が儘を矯正すべく、向き合って諭す。


「あのね、レルガ。料理をしたことがないんだから仕方ないけど、常に料理が数種取り揃っていてパッと出て来ると思ってはいけないよ? まぁ何故か調味料はあるんだけど、肝心の豚肉がどこにもあっ…………」


 いるやん。


「……先発クロノ、行きます」


 立ち上がり、手に大きな球状の魔力を溜める。


 これだと手元の正確な操作ができず雑になってしまうが、とか思いつつもマウンドを踏み締めてクイックスロー。


「ベーブルースっ!!」


 腕の振りと手首のスナップ、力強い投擲を送り出す。


 いつも程に過不足なく細く無駄なく最小限にとは言えないまでも、一点から絞り出して威力と貫通力を持たせる。


 いつものがピストルだとすれば、これはバズーカだ。


 黒く太い線が、【鉄纏い一角】へと瞬いた。


『プギィ――――!?』


 鉄の鎧を打ち抜いた黒線は、急所を大きく逸れるも大きな魔物の身体を横倒しにしてしまう。


「よっしゃーっ!!」


 俺の力投に急にテンションが上がっちゃったレルガが、大剣を担いで疾走して行く。


 起きあがろうとする身体に一つ蹴りをくれ、再度倒れた【鉄纏い一角】の他より装甲の薄い顎元へ気合いの一撃を――


「――はんまーっ!!」


 ハンマーではない。


 ハンマーではないが重量ある大剣を身体ごと突進する形で刺突し、【鉄纏い一角】の装甲を突き破った。




 ♢♢♢




「…………え、あれレルガちゃん!?」

「おいおい……【鉄纏い一角】まで倒したのか?」


 五人組の紫山級チーム『キルギルス』は、何とも信じ難い光景を目にする。


 クランは違えどもホテルの部屋は隣同士で、よく顔を知る人物二人が特異種の横で焚き火を焚いているのだ。


「地形的にやれそうならやる予定だったが、先を越されたな」

「無傷っぽいな……凄いな、本当」


 横たわる魔物の巨体と、小躍りしてクロードの作業を見守るレルガ。


 少しばかり解体し、夕食なのか調理をしているように見受けられた。


「あれはどう考えても運搬は任せるしかないよね。この後に香辛料の調達依頼もあるし、道中に運搬者クランがいれば送ってあげましょうか」

「そうだな。……ふっ、祝い代わりに俺が代金も払っておこう」

「いいサプライズじゃない。あんたも丸くなったわね」

「よ、余計なお世話だ……!」


 クロードへの嫌悪もなく、遠目から眺めるチームメンバー達。


 日常での接点があれば、見えてくるものもある。隣の部屋ならば、声が聴こえる事もある。


『――レルガ? 寝るならベッドで寝なさい。……いやいやいやっ、ローストビーフとは寝られないよっ? 置いていかないと! あと歯磨きもしなくちゃ!』


 状況が手に取るように分かる声が、空けていた窓から聴こえる。


 更に高価な宿ということもあり、食堂に赴けば朝食は用意されている。


 この日はパンとスープにスパゲッティであった。


『こらこら、まだ野菜が残ってるでしょ?』

『このミドリのイヤ……。すぱげってぃの最後のちょこっとしたヤツをフォークでたべるのガンバったから、もういいと思う』

『確かにちょっと根気がいるけど……。そんなこと言われて野菜が泣いてるよ? 食べて欲しいって嘆いてるよ』

『たべてくれなんて言わない。たぶん、あのまま育ちたかったとか思ってる』

『そんなこと言わないでもらえる!?』


 痴話喧嘩ともいう可愛げのあるやり取り。思い出してくすりと笑みを浮かべる。


 幾度か挨拶をした程度だが、二人の関係に疑いはない。


「…………」

「評判は悪いが、分かるやつには分かる奴なんだろう。弱くてもやれる事はあるというのが分からない奴も多いんだ」

「……そうね、長く活動してればその内に気付くわ」


 レルガだけでなく、クロードも気に留める『キルギルス』のメンバー達は静かにその場を後にする。


 仕事が他になければ声をかけていただろうが、目的地はゾーン三つ離れた場所と日帰りとしては遠い。先を急ぐべきだろう。


 この後には、運搬者がレルガとクロードの元へ現れることとなる。


 謎の人物から依頼され、代金も受け取ったとして。


 そして…………それが『キルギルス』最後の取り引きとなった。


 ………


 ……


 …





 川辺を思わせるエリアがある。


 一面を水に浸かる砂利が占めるその区域は、発光石の量も多く小さな水棲生物がいる程度の穏やかな場所であった。


 気温も暖かく、所々から噴き出す毒ガスポイントを記憶していれば特に問題はない。


 そこを『キルギルス』は横断する。


 この砂利のある一帯はいくつかのエリアへの近道となるからだ。


 ルートさえ把握していれば、端に空いた数カ所の空洞を通り、時間も短縮して便利にゾーンを行き来できる。


「……あれって、雪猫?」

「どうしてこんなところに……」


 温度の低い地帯に生息する白い猫が、そこにいた。


 水面に身体を濡らしてぽつんとあった白い影に、『キルギルス』の面々は歩み寄る。


「怯えているみたいだ……」

「連れ帰ろう。ここに放置すれば死んでしまう」

「何があった…………ん? これは……」


 垂れ落ちた悪臭放つ液体に眉を顰め、行方を追って天井を見上げる。


『…………』

『ふほ…………』


 喜色を露とした怪物の影が、逆光の中に……二つ。


 懐の魔検石が、昏く淀んでいく。

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