第28話、魔涎粉
「…………」
シユウが一人、クラン『タダの方舟』本拠地の戸を開ける。
ざわりと一度だけ騒めきが広がり、人に余る強さを持つ魔窟屈指の【昇り龍】に注目して息を潜めるばかり。
「少しばかり失礼する。知人を迎えに来ただけだ」
そして一礼し、クラン内を見回し……目当ての二人を見つけ出す。
足の向かう先を確認した探索者の一人が、酔いのせいで気が大きくなったのか堪らずシユウへと問いかけた。
「し、シユウさんっ、あの悪党を成敗で?」
「……悪党?」
「クロードっすよ。滅法強いレルガちゃんの噂を聞いて、奴をヤリに来たんでしょう?」
男とテーブルを共にする者等も“違うのか?”と互いに顔を見合わせている。これがクラン内での見識と見受けられた。
どうやら獣人や猛者を騙して金銭を稼ぐ者とクロードを同一視しているらしい。
「…………」
クロードが悪党と聞き、シユウが眉根を寄せた。
「っ……!!」
「お、おいっ。す、すいやせん、こいつバカなもんで……」
緊張がクランに走り、一様にシユウの機嫌を窺い息を呑む。
「悪党、か……」
確かに自分はそのような輩を成敗することもある。裏切りや義のない者に我慢ならないからだ。
しかしこの男の主張には賛同できない。既に念押しとしての
視線をカウンターに並んで座るクロードとレルガに戻す。
自分の戦闘やロクウが婆娑羅オーガで見せた一芸に顔色一つ変えなかった点や釣りの際に見られた身体能力。
レルガに腕試しをさせた際には戦闘を鋭く注視していた。察するに流れを正確に目で追い、いつでも助けに入れるようにと。おそらく投擲系の技も使うのだろう。
一見するだけでも分かることはある。あの大剣は元々はクロードのものだ。レルガと比べても段違いに扱い慣れている。指導しているのはクロードであり、強さの程は分からずとも少なくとも弱いということはない。
何故かヒールを演じている節はあれども、自分達への対応も非常に誠実でレルガの身なりや懐き方からも悪党とするには無理があった。
「俺から言えるとすればクランマスターが…………いや、今のは忘れて欲しい」
そのような輩は初めからクランマスターのターテンやニャオがクランに入れないだろうと言いかけるも、自分達で辿り着けという思惑がないとも限らない。
余計な口は出さず、シユウは相手にせずして歩みを再開した。
「…………」
しかし無理をして悪党を演じるクロードに違和感を感じるのも事実。
考えられるとすれば…………このクランへの義理立てとして、自分を貶め、誤った認識の危険性を説いている?
目にしたそれそのもののみに捉われず、柔軟に物事の真の姿を見定められるようにと?
(まさか、いや…………なんと熱い男だ…………)
嫌悪を一心に背負ってまで導くなど、中々できる事ではない。
目尻が熱い。
気持ちのいい者に出会えたと、胸に込み上げる熱に痺れるシユウが二人へ声をかける。
「……どうやら小腹は満たせたように見受けられる。いいかな、クロードにレルガちゃん」
常に自分や他人に厳しいと評判のシユウ。
普段の冷たさが嘘のように、笑みを浮かべてレルガ等へ呼びかけた。
「いいよぉ。クロードさま、いくよ」
「ふっ、大剣はどうする?」
「いらない。ヤキトリ予約したからまたここにもどってくる」
「いつしたの……? いつ予約なんて覚えちゃったの……」
クランを後にする三人。
「「…………」」
「ちっ……」
かのシユウに連れられて出るクロードに一段と不満が溜まる。
♢♢♢
「面倒をかける。すぐに終わらせるので辛抱してくれ」
「そうしてくれ……。金にならない仕事はあまりしたくないんでな」
「ふっ、ああそうしよう。その後に三人で飯でもどうだろうか。恩には礼を返さなければな」
「えぇ……? いいって言ってるのにむしろ……?」
目を細めてヒールを気取る俺に、なんだかとても気さくなシユウさん。肩なんて叩いてクールな笑みを見せてくる。
悪ぶれば悪ぶるだけ、こちらに好感を持っているかのようだ。
そんなシユウに地区の人達が次々と道を譲り、その中を悠然と行く。やがて屋台街を抜け、人通りの少ないゾーンの端へ向かう。
「もう一人はどうした」
「ロクウならば暇だからと特異種を狩りに行った者の手助けに向かった。あいつは暴れられれば何でもいいという奴だならな。魔窟ならば放っておく方が世の為だろう。レルガちゃんはあのようにはならないでくれるといいが」
……どうだろう。
しかし来た時から比べるとレルガも大剣をかなり使えるようになって来た。
これなら討伐予定の特異種のどれかで腕試ししてもいいかもしれない。
大剣のレルガと後衛の俺で。プロフィールの記載は〔弓術士〕のままだし偽りもない。
ゾーン四十二とか立ち入り禁止場所以外ならば、レルガはそこそこ行ける場所が増えて来たし、俺は勝手に死んでも構わないみたいな感じだ。今回の場合は自由で助かっている。
だって安息地区にいるとレルガが美味しそうなものを片っ端から食べてしまう。
「ぶたにするか、うしにするか、とりにするか……どうしよう……」
すっかりグルメになったレルガが隣から不穏な呟きを漏らす。
「何を悩んでいるのだろうか。今しがた焼き鳥を予約していたようだが、気が変わってしまったかな?」
「ヤキトリはみぎ手。いまはひだり手のをかんがえ中〜」
「あ、あぁ……しかしそれを食す口は一つ。まずは焼き鳥を全て平らげてから考えてはどうだろうか」
生真面目なシユウが大人の意見で真っ向からレルガの野望を収めようとしている。
「でもいっつもみぎ手ばっかり使ってるからカワイそう」
「ふっ、なるほど……ならば左手で焼き鳥を食べれば解決だ。疲労している右手も休めて最善と言えるだろう?」
「たべにくい」
「そ、それはそうだな……」
論破したぜって感じだったシユウがレルガに言い負かされるのを横目に再び思う。
またとんでもない技を開発してしまった。
魔弾は威力が控えめなのだが、何より速い。装填から射出、弾速まで。そして静か。周囲への影響にも配慮された穴のない設計。天才じゃん……。
従来の俺なら注げるだけ注いでそれでどう効果的にダメージを与えられるかと考えていた。剣などの込める“器”もないところに、限界まで魔力を込めつつねちねちこねこね形成して苦労していた。
違うんだよ、オールドクロノ。ニュークロノが教えてやる。
お前が言ってたことじゃん。パンチしかり、剣しかり、単純で基本的な技を極めるのが一番強いって。
遺跡にいたあの黒い翼の真っ白ビームが脳裏に焼き付き過ぎていた。負けん気が出ちゃっていたのだ。それが思考を鈍らせた。
レルガに大剣あげちゃったから必死に考えた、俺だけのっ! 魔窟にぴったりの新しい魔力操作法だったんだけど、意外に使えるもんだな。
いっちばん難しい受け流す『流』だけはまだ俺が誰よりも上手いだろうけど、『爆』と『斬』はセレスとエリカ姫を筆頭にパクられ、応用され、我が物顔で見せつけられる始末。
おのれロイヤル共め。
でも思い付きのその場で作ったものだったから無理もない。お陰で今回のは自分を見つめ直して開発できた。
「ここだ……この店に用がある」
いつの間にか、一軒の怪しげな店の前に辿り着いていた。
♢♢♢
「いらっしゃ〜い……ゲッ! し、シユウ……」
「店主、俺を見てそういう顔をしているから疑ってしまうんだぞ」
香辛料を扱う店としての外観であったが、飲食店の近くにはなく内装もどちらかと言えば骨董品屋であった。
灯りなどなく、埃や蜘蛛の巣の張る部屋の奥に痩せた老人が座っていた。
「なんにゃ、シユウ。今日は随分と機嫌が良さそうだにゃ」
「そうでもない。事と次第によっては店主はタダでは置けない」
店主の足元の棚の影からひょっこりと覗いた影。
たまたま古本を売りに来ていたニャオ・ナーオが、シユウと共にいる二人に猫目を剥いた。
「あんにゃ〜……レルガにクロードじゃにゃいか。何か悪さしちゃったにょか?」
「彼等は協力者だ」
クラン『タダの方舟』のサブマスターでもある猫又族のニャオ。二足で歩むミケ猫のようなニャオだが、その手には歪な杖を突いている。
「ニャオだ」
「ニャオにゃ」
何故か握手するレルガとニャオを置いて、シユウは店主へと歩み寄る。
「名簿を見せてもらおうか。『魔涎粉』を購入した者を知りたい」
「にゃ……?」
挨拶していたニャオが驚きに振り返る。
魔涎粉とは、特定の魔物を誘引する香りを放つ粉末である。効果は少量で絶大。本来の使用法は罠を仕掛けてそこに一振り振りかけて誘き寄せるというものであった。
「……ちょっと待ちねぇ。最近は誰一人買いに来ちゃいねぇぞ?」
探索者狩りによく使われていたこともあり、認可を受けた専門店が指定されている上に購入者は必ず名前を書き留めておく決まりであった。
シユウには逆らえないと店主は名簿を背後の戸棚から取り出して見せる。
「…………うん……間違いねぇ。……ほらよ」
「……ブラッドウルフのものを見せてもらおう」
「ブラッドウルフ!? そんなもんおめぇ……駆除以外じゃ使わねぇぞ。それに個人には売ってねぇよ?」
ボアの血から作られるブラッドウルフの魔涎粉を、鍵のかけた棚から出そうとする店主だが、滅多に開けない棚なのかガタガタと苦戦している。
「……探索者狩りかにゃ?」
魔涎粉による探索者狩りは発覚し辛い。魔物に喰われてしまったりなどして通常の戦闘で敗北したと判断される事が多い。
更に魔窟内で遺体の回収が難しい場合には、焼き払うこともある。
「おそらく。レルガちゃんに確かめてもらうが、間違いないだろう。しかも今回はかなり悪質だ」
「にゃ……?」
「
探索者狩りの目的は大抵、所持している金銭か装備である。
しかしそれが盗られていないとなると考えられるのは凶悪な犯罪の影。
「殺害自体が目的だろう」
「……すぐに全探索者に注意を促すにゃ」
急ぎ店を出て行くニャオと佇むシユウの頭には、ここ最近になって増えた魔物による死亡事故があった。まさかとの推測が脳裏を過ぎる。
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