第27話、魔窟用の魔力操作法
リーアは猪の突進を受けるつもりのようだ。
「ッ――――ッ――」
「っ……!!」
避けた方が良いだろうが腰が引けてしまってるし、本来なら受ける実力はあるんだろうけど今のままだと怪我をする。
でもその判断もできないくらいにパニックになっているとみた。
「…………」
そっと手を翳し、魔力を小さな弾状に形成する。これまでのように多くは注がない。
「――――」
黒い魔力の弾。まずは発射向きを確認。
そちらへ向けて弾の一点から、絞り飛ばす感覚で抽出していく。
同時に手による魔力コントロールを阻害しない程度の速度で腕を薙ぐように軽く振るう。
弾はレーザーの如き形へと変化していき、内容量が完全に黒線となった瞬間、
「――――ッ!?」
通過の一時だけ、射出した魔弾に引きつけられて視界が黒に染まる幻視に陥入る。そして知らぬ間に横合いから水猪の脳を貫通してその命を刈り取った。
「「…………」」
何がなんだか分からないと呆然と佇む姉妹を目にして思い出すのは、安全地区を出立する間際の事だ。
最近になって不審な事故死が多くなって来ているらしい。その被害者が担架で運ばれ、その方の子供が駆け寄り泣いていた。
心痛の光景に目が離れなかったのだが、気が付けば姉妹もそれをじっと見つめていたのだ。
そうしたらそっとスパークが教えてくれた。赤ん坊の時にシーアとリーアの家族も強盗により殺されたらしい。その後、クランマスター等が進んで引き取り育てたのだという。
「あの、スパークさん……」
「ん、どうした? 怪我でもしたか?」
「いえっ、それはもうお陰様で……さっきはありがとうございましたっ」
「うん? …………ああっ! いやなんのこれしき。律儀なやつだな、気にすんな」
「は、はいっ!」
リーアとスパークがやたらと微笑ましく談笑してるわ。
新たな魔力操作法・
(これも何かの縁。怪しい影もある事だし、手の届く限りで俺が守ろう……)
そう心に決めた俺の元に、シーアが歩み寄る。
「……ダッサ」
「っ……!?」
(なんでぇ!? なんでもう嫌われてんの!? 決意固めたばっかなのに!!)
何やら辛辣であからさまに見下す目で俺を見上げていた。
レルガもお世話になるわけだし、仲良くしたいのに……。
「おじさん、レルガちゃんに戦わせてお金稼ぐ系でしょ。本物のキモおじさんじゃん」
「…………」
そういうことか。
小石も封じられ、ちょっとやってみたかった弓矢も封じられた憐れな俺になんちゅうことを言うのだろうか。探索者生活をけっこう楽しみにしてたのに。
ていうか弓矢の基本くらい教えてくれてもいいだろ。教えてくれたら今からでも練習するのに。その為の教習なんじゃないの?
それを即見学だなんて、殺生な……。
「様付けなんてさせてるし、そうじゃないかと思ってたもん。キモチワルっ、なんか臭そうだし近寄んないでね」
「…………」
蔑む笑みを見せて俺を罵倒し、背を向けるシーアちゃん。やんわりと物申しておこうか。
いや、待てよ……。
…………。
「……何か問題でも?」
「はぁ?」
「所詮この世は弱肉強食。名声であれ金であれ、手に入れたものが勝つ。他者を利用しようが手段など問題ではない。たとえそれが……無垢な少女であろうとな」
「うわっ……」
「レルガは強い。待つまでもなく高位探索者となり、俺は労せずして金持ちになるだろう。だがそれの何がいけない」
軽蔑をあからさまに表して、邪悪に笑う俺を睨み付けている。
「お互いに合意。金の管理を俺がしているだけだ。子供がとやかく言わないでもらおうか。猪に腰を抜かしていたお嬢ちゃんなら尚更だなぁ、くくくっ」
「このっ……!!」
嘲笑しながら横合いを通過し、激怒する子猫ちゃんへ手を振ってレルガの元へ歩む。
その悔しさをバネにするといい。個人的には初めてで魔術を見事に当てただけでも大したもんだと感心している。
震えるぜ、背に感じるザクザク刺さる眼差しで。
「クロードさま、どうだった?」
「凄い成長じゃんか。金剛壁での特訓って、ホントに意味あったんだね……」
俺によじ登りながら訊ねるレルガに本心から答える。
「でも剣つかえなかった。もっと強いのがいい」
「ん〜、それは自由に依頼を受けられるようにならなきゃ選べないらしくて。だから当分は我慢してスパークの指示通りの魔物で慣らしていこうか」
「ん〜、らじゃ〜」
頭の上で一息吐くレルガを肩車し、突き刺さった大剣を回収してスパーク等の元へ戻る。
「…………ふっ」
戻るとシーアだけでなく、彼女以上の怒りを表すリーアまでもが俺へ冷たい目を向けていた。
「…………レルガさん」
「なんだ? 弟子はまだかんがえ中」
「そ、そうじゃありませんっ。そうじゃなくて、その人じゃなくて私達と
「く、クロードさまじゃなくて、おまえら……?」
眠たげであったレルガが、予想外に驚きながらリーアを見下ろす。
「はい。レルガさんは強いし――」
「しってる」
「つ、強いし、攻守前衛後衛で私達と相性がいいでしょう?」
「ヤダけど……クロードさまとシーカーやりにきたんだけど」
意味が分からないとばかりのレルガに、リーア達はぽかんとしてしまう。
「…………っ!!」
「…………」
そしてニヤつく俺に気付いて、姉妹仲良くキツイ眼差しを突き付けてくる。
「それでレルガを俺から引き離せるとでも思っていたのか? 上手く手懐けていなければ、のこのこ魔窟まで乗り込む筈がないだろ。世間知らずなお嬢ちゃんだ」
「おじょうちゃんだ」
自分のことなのに俺の真似をして悪どい顔を見せ付けるレルガ。
いや良かったぁ……。レルガはこちらの想像を超えてくる時があるからドキドキしちゃった。
まぁ、これで友達と探索者やるならやるで俺は安息地区で調査するだけだから別に良かったんだけど。
「で、こうやって倒した魔物を運ぶ
中々に長いこと説明して手続きしていたスパークが、振り返り誰もいないことにやっと気が付いた。
♢♢♢
ゾーン二十五からのゴツゴツとした光源のあまりない岩場道を降り、ゾーン二十九の遺跡前のエリアまで進む一向。
クロードの悪行は語り終え、解決策は未だ見当たらない。
「……パパ達も証拠がなきゃ動けないって言うし、どうしたら……」
いつまでもリーアの頭にあるのは……最初に出会った日にクロードが見せた冷たい眼差しだ。あまりに昏く凍てついた視線を探索者狩りで親を失った子供に向けていた。
遺体に縋り付き泣き喚く子が騒がしく、癇に障ったのだろう。心底恐ろしく震えてしまった。
「…………ダメ」
やはりレルガをクロードの側には置いておけない。
「キャアッ!? さ、最悪なんだけど……!!」
水滴に悲鳴を上げるシーアが苛立ちを加速させる。
「教官さぁ、こういうとこ通るのヤダっつったじゃんっ」
「だから今のうちに経験させてんの。自分等で動けるようになったら徹底的に避けるだろ? 避けられない時に嘆くより、俺っちが付いてる時に泣く方がいい」
「思い遣り方面からアプローチすんのやめてよ……」
天井低くつるつると滑る足場に苦戦しながら、シーアとリーアに速度を合わせつつ歩むスパーク。
危険な蝙蝠種のポイントを避け、避けられないものは撃ち焦がして入念に安全を確保する手本を示しながら。
「……え、ちょっと待てっ」
焦燥感が感じられるスパークの制止に、二人は驚きを禁じ得ない。
もう目の前に別エリアの植物生い茂る区域があるというのに、何を見つけたのだろうか。
「…………」
「っ…………」
指示を待ち、静かに息を潜めて動きを止める。
聴こえるのはさらさらと岩肌を撫でる水の音……いや……。
「ひっ…………」
背筋を走った怖気にシーアが堪らず小さな悲鳴を漏らした。
『――――』
耳障りな羽音を立てて宙に浮かぶ……大きな蜂。赤色と黒の縞模様がその凶悪さを物語っている。
ブラッドビー。リーアの盾程もある体で浮かび、ただじっとシーアを見つめている。
無機質な黒い眼で、シーアを凝視している。
(…………なんだ?)
ブラッドビーならば幾度となく出会って来たが、明らかにこの蜂は様子がおかしい。
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