第26話、悪行ついでに瞬き一つ



「――いいか? 探索者シーカーたるもの、常に『かもしれない探索』を心掛けるんだ」


 第一安息地区近辺は整備された足場となっており、木の板を行くスパーク一行は特に構えるでもなく講習を行いながらの道中であった。


「この先にはニードルラビットが群れを成しているかもしれない。戦闘の後にはバーサクラットが隙を窺っているかもしれない。途中で出会う者達が探索者狩りなのかもしれない。かもしれないは何処にでも溢れている」


 道の先を指し、物陰を指し、遠くの探索者チームを指差してスパークは想定される危険を次々と説いていく。


「もう全部『かもしれない探索』でいけ? ちょっとした油断が死に繋がるんだからな。なんでもかんでも『かもしれない探索』だ」

「……かもしれないじゃないかもしれない」

「誰だっ、今言ったやつ!! そんな反抗的なかもしれないは教えてないぞ!!」


 レルガと分かっていて、振り返りあえて全員へ説教するスパーク。


「『かもしれない探索』だけはかもしれなくないんだよっ!! 俺っちは疑っても、かもしれないだけは疑うなっ!!」

「スパークの言ってることはウソ?」

「か、『かもしれない探索』以外はそうかもしれない」

「でもスパークが言ってるからウソかもしれない」

「いやだからこのかもしれない以外をって……ん? このかもしれないを……以外かもしれない?」

「でもそのかもしれないを言ってるのもスパークだからウソかもしれな――」

「頭おかしくなるわぁぁああああー!!」


 頭を掻きむしり、レルガへの説得に敗北して絶叫する。


「かもしれないは要らないかもしれなぁ〜いっ!!」


 そして探索者の基本鉄則を投げ出した。


「ふーっ、ふーっ…………そ、それじゃ、着いたら早速実戦に入るからな。あの……心の準備をしておけ。俺っちもそれまでに穏やかになるよう努力するから」


 疲労感を既に抱えるスパークは、手近に戦闘訓練を行える草木の生い茂るゾーン十一へとやって来た。


 発光量の著しい鉱石が天井に散りばめられ、小川も流れ、魔窟の魔物にしても比較的弱く戦闘に消極的なものが多い。


「……いいねぇ〜」


 心穏やかになったスパークが、背の高い草むらの陰から魔物達を品定めする。


「水猪。ちょっと気性は荒いが、問題ないな」


 二メートルを越える青色の猪が、池中に顔を突っ込んで何やら根っこのようなものを食べている。


 池から生える一風変わったその樹の根は、人には硬すぎるも水猪の食事となっている。


 だが、


「あの樹は必要なものなんだ。水を綺麗にする性質があるのと、根が食われると樹が死んで池の生物にも影響が出る。はっきり言っちまうと水猪の命よりそっちを優先する方が利になる」


 水猪は食欲旺盛で放っておくと根も水性生物もやたらめったらに食べてしまう。


「だからこの樹の近くのものは倒してよし。行くぞ」

「「ラジャー」」

「え……?」


 レルガとクロードが、草むらから飛び出した。


「イヤァァァァアアアア!?」

「「っ……!!」」


 一気に血の気の引いたスパークの悲鳴に、二人が急ブレーキをかける。


 と共に、スパークは展開した魔法陣から迸る青の雷を掴む。


「〈雷公ノ一槍らいこういっそう〉っ!!」


 人間の気配を察して池から飛びかかって来た水猪を、野を走った青い稲妻が焼き殺す。


「なにしてんの!?」

「い、いや……倒してよし、行くぞって……」

「レルガもきいた。こいつ、いくぞって言った」


 二人に駆け寄り、冷えた汗塗れのまま怒鳴り付けた。


「俺っちがね!? 俺っちが行くんだよ!! ここは任せろ、手本見せるから!! そういうニュアンスだったの!! 何も教えてないのに行けなんて言うわけないじゃん!! どんだけ鬼畜だと思われてんの!?」


 格好を付けようと少し強めの個体を選んだだけに、心臓が縮んだスパークの小言は止まらない。止め処なく漏れ出てしまう。


「仲良くしてたじゃんっ! 結構相性良かったじゃぁぁん。それなのに着きましたはい突撃っ、なんてさせる訳ないだろ!!」

「す、すまん……」

「大体……レルガはいいんだよ。どうみても倒せるから」


 スパークはクロードが手に持つ安息地区からの行きがけに買った玩具のような弓矢を指差す。


「お前は無理じゃんっ!! 馬鹿なの!?」

「……それは小石がダメって言うから」

「何を拗ねてんだ、お前はぁ!!」


 言い合いが続くスパークとクロード、そして側で大剣を振り回すレルガ。


「マジでさっきの魔術スゴ過ぎっ。ヤバァ、あんなのもう神様じゃん。……もうっ、訊きたいことあんのにぃ!!」

「…………」


 先の雷の魔術に興味津々のシーアと、いい加減なクロードに苛立つリーア。姉妹のクロードへの不満は募るばかりであった。


「…………っ」


 ぷるぷると不恰好に構え、片目で狙いを付けてやっと矢を射るも、ひゅるひゅるストンと二メートルと少し先にクロードの矢は落下する。


「……そこちょ〜ど、味方がいる辺り。そこら辺に前衛が構えてんのよ。背にチクリだわ。いたっ! ってなるから弓矢も禁止」


 クロードの悪行その二、小石に執着して最初からレルガに戦わせるつもりしかない。


 結果。


「よっしゃーっ!!」

「っ――――!?」


 レルガの跳び膝蹴りに、緑屋級相当のランドベアーの巨体が浮かび上がる。


 顎を打ち砕かれ、白目を剥いて倒木を思わせる様で仰向けに倒れる。


「あお〜〜〜〜ん!!」


 スパークがこれも経験と見学目的で受注した討伐依頼を、レルガが完遂してしまう。初級者にあるまじき圧巻の戦いぶりである。


「…………」


 勝利の雄叫びを上げるレルガを、じーっと離れた木陰から眺めるクロード。小石も弓も禁止にされ、ただ腕組みをして傍観する。


「っ……何しにっ」

「おいおいおいおいっ、リーア!! 集中しろよ!?」

「ご、ごめんなさいっ」

「相手だって生きるか死ぬかだ!! 格下だろうが甘く見てたら死ぬのは俺っち達だぞ!?」


 歯噛みして余所見をしていたリーアに、全体を注意するスパークは暴れ回るレルガと共に全面で魔物を抑えつつ教えを説く。


「ほら左っ、来てるぞっ!」

「っ、はいっ!!」


 左方より突っ込む小さな水猪に盾を構える。


「っ…………っ!!」


 カタカタと盾と手甲が震えていた。相手は完全な野生の魔物。当然ながら殺される前に殺してやろうと息巻いている。


 その鬼気迫る本物の殺意を直に受けて無意識下で怯え、腰の力が抜けつつあった。


「っ、お姉っ!! 〈マナの一矢マナアロー〉!!」


 いち早く察したシーアが、後衛から魔力を効率良く矢として飛ばす基本魔術を行使する。


 杖の先の魔法陣から、薄い黄色の矢が飛び出す。


 精度は上々、しかし威力は後一歩足りず。


 小さな個体と言えども、受けた衝撃に眉間を僅かに気にするも失速するのみ。怪我如きでは決死の突撃は止められない。


(あ、あとは私が……!!)


 いくら憧れの探索者を軽視されたように感じられたとはいえ、クロードに気を逸らすよりも初めて相対する魔物へ精神を集中すべきであった。


 後悔は先に立たずと割り切り、リーアが怯え腰を落として魔物に備えた。背後のシーアには指一本触れさせまいとして。


 だから自分は盾を取った。父のように。


 そしていよいよ接敵間近となり、息も止まる緊張の一瞬。


「ッ――――」


 まばたきを一つ。


 魔物も含めてその場の全員が揃って、違和感ある瞬きを一つ。


 瞼を閉じたあの一瞬の黒い世界が空けた時には、水猪は息絶えて糸の切れた人形のように崩れ落ちていた。


 駆ける惰性のまま野を三度半だけ転がり、姉妹の目前で停止する。


 誰が見ての通り、突然の即死である。


「…………ぇ」

「お姉……なんかやったの?」

「知らないっ……知らない、けど……」


 誰も……本人すら察せぬままの一瞬の異変。瞬きで魔物を殺せる筈もなく、何かの可能性があるとすればスパークのみだ。


「…………ふうっ」


 前方の水猪を稲妻で倒し終え、額を拭いながら一息吐くその背に尊敬の眼差しを送る。


「全員無事で何よりだな」

「「…………」」


 クロードの悪行その三、呑気。


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