第25話、クロードの悪行その一
リーアとシーアが、スパークの背を見つめて口数少なく第一安息地区を行く。
常に探索者や商売人から声をかけられるものだが、この時ばかりは沈む雰囲気を察して口を閉ざしていた。
「まぁ、俺っちはあんま分からないんだよな……。クロードが悪人だとかどうとかは。俺っちだって所詮はまだ探索者としては新参者の範疇だからな」
やがて本日の討伐訓練の目的であるゾーン二十九へ繋がるルートの入り口へと着く。
気分を変えようというのだろう。一つ手を叩いたスパークが、ある提案をしてみた。
「へいへ〜い。そんならさっ、いっそあいつの気に入らないところを言ってくか! 悪口になっちゃうけど何かいい方法が見えてくっかもよ? 目的地までかなり距離あるし、このイライラしたままは危ねぇしな」
「……てかさぁ、初めはスパークが怒ってたじゃん」
「あ、あぁ……あれな? 怒ってた……つーか、インパクトが強過ぎてついつい吊られて強めに言っちまったんだよな……」
手鏡を手に前髪を整えるシーアに、バツが悪そうにスパークが答えた。
それはスパークが初めての探索者実戦教官を務めることになった日のこと。
二人の新人が、シーア達と共に実習を受ける予定の日のことであった。
………
……
…
クラン『タダの方舟』本拠地。
両開きの扉が、軋む音と共に開かれた。新品のものに替え時だろう。
歩み入ったのは、妙な風格を醸す黒髪の男と愛嬌ある狼人族の少女。
どちらもサングラスをかけ、屈強な探索者等の集まる中にあっても堂々たる様でバーへと歩んでいく。
「何か、喉を潤せるやつを」
「なにか、肉汁のあふれるやつを」
「この子にも何か飲み物を。爽やかなやつ。すぐに用事があるから」
仲良く並んでカウンターへ座り、マスターへ注文を口にした。
すかさず出されたジャスミン茶とフレッシュジュースを飲み始め、人心地付けた辺りで受付に一人の男がやって来る。
「…………あっ、スパークさん」
「よ、よぉ! ランちゃん!」
書き物をしていたランが視線を感じ、顔を上げるとニヤケ面のスパークがゆっくりと牛歩の如く窺いながら歩んで来ていた。
この短いやり取りだけでも、スパークが受付嬢のランに恋心を抱いていることを誰でも察せられるだろう。
「ではお願いしますね? 若くして訓練を頑張っていたお嬢さん方もいますし、やり易いとは思いますけど気を付けて」
「うんうん、任せて任せて。俺っちに全部任せとけば心配ないからっ」
おっとりしたランから名簿を受け取るデレデレとするスパーク。鼻の下もすっかり伸び切っている。
「今度さ、美味しいレストランで食事でもどう……? 煮込み料理がもう絶品で。俺っちが奮発しちゃうよ?」
「あの、それよりももう時間を過ぎてますよ?」
「え、マジ……?」
天才肌とは奔放なのかと背後の中年探索者等が嘆息するも、スパークは慌てて集合をかける。
「おっし、そんならスパーク担当受講者の奴等集まってくれ〜!! 楽しい楽しい探索者生活が始まるぞぉー!!」
するとなんとも個性的な人物が二人、計四人が間も無くして集まる。
スパークは手順通りにランの作成した各プロフィールに目を通して指導の方向性を練る。
「…………うんうん、まっ、シーアとリーアは知ってるからいいな。シーアには普段からちょっとちょっと教えてやってるし」
「てか探索者のことならウチらの方が詳しいよね。ずっとここで育ってるしぃ」
「し、シーア……!」
早く潜りたいのかどこか急かすようなシーアに、リーアが心ばかりの注意を促す。内心は同じであったとしても。
「で……え〜、クロードとレルガか。なんでまた探索者なんだ?」
「この子の昔からの夢が探索者だからだ。やっと夢を叶えられるとさっきから喜びっぱなしで大変なんだ。俺が教えたからすぐにでも戦える。よろしく指導を頼む」
素朴な疑問から人族が獣人種を連れている理由を探ろうと試みるスパークへ、クロードは用意してあったとばかりに即答した。
「……クロードさま、クロードさま」
「ん……?」
クロードのコートを引っ張るレルガが、切実そうに告げた。
「レルガ、お家かえりたいかも……」
「帰ろうとしてる!? 本人にその気がまったくないけど!? 目前まで迫ってんのに夢ってそんもの!?」
スパークが捲し立てるのを前にして、クロードは「ち、ちょっと時間をもらおうか」と言いホームシックのレルガを連れて少し離れた位置へ。
そしてレルガへと耳打ちをし、何やらこそこそと話し始めた。
「………………にく……」
「えっ、肉って言わなかった!? 結構はっきり聴こえちゃったぞ!? まさか食べ物で釣ってんのか!?」
次にレルガが目一杯に背伸びをしてクロードへ耳打ちをする。
「……あれはまさか、“もう一声”要求してるとかか? 違って欲しいけど。夢はもっとキラキラとしたものであって欲しいけど」
考え込んだ末に更にもう一度だけクロードからレルガへと耳打ちをして、頷き合った二人は三人の前に舞い戻る。
「――レルガはシーカーになれてすっごく誇らしい」
「嘘吐けぇぇええ!! 目付きまで変わってるじゃねぇか!!」
「ウソじゃない。だからはやく潜ってもどりたい」
「肉食うからだろ!? 知ってるよ! 聞こえてたんだよ、俺っち等にっ!」
しかしレルガは毅然と頭を振り、確固たる態度で反論する。
「そんなんないっ。レルガはホントにシーカーになるために練習してきたオムライス」
「やっぱりだっ、やっぱり“もう一声”いってやがったよっ!! 貪欲に要求してたよ、こいつぅ!! そんな純真な目は止めろ!! この世界を信じられなくなる!!」
「じゅるり……」
「コラっ、想像するなっ! まだ早い!!」
滲み出てしまった欲望にスパークは容赦なく鋭い指摘を繰り返す。
「はぁっ、はぁっ……ま、まぁ行く気になったんならいいわもう。で、えっとだ……リーアは〔守護騎士見習い〕で、シーアはやっぱ〔魔術師見習い〕な? 属性やらは特に指定はなしと」
「う、うん……」
「あ、はぃ……」
二人の個性に気圧される二人の次に、スパークは警戒心を上げて再びレルガ達に向き直る。
「……レルガは〔大剣闘士〕。……待て、本当か? クロードが背負ってるやつだろ? そのちっこい体で持てるのか? 仮に持ててもまともに動けないとか怪我が目に見えてるとかだったら変更を求めるからな」
役職は大まかな役割を決める大切な肩書きである。臨時でチームを組むこともあり、正確に記載しなければならない。
「……ほい」
「うわすんごいね、君……」
「「…………」」
欠伸を噛み殺しつつ、レルガはクロードから受け取った大剣を片手で軽く振り回した。
これにはシーアとリーアだけでなく、スパークも背後で見守る探索者達も目を剥いて唖然となる。
「よ、よしっ、なら…………は?」
クロードの役職欄に記載されていたのは、〔
「アーチャー? 弓なんてどこにあるんだよ」
「いや、道具とかはちょっと…………両手はフリーにしておかないと落ち着かなくて」
「その結果お前が〔
聞けば小石か何かを投げれば後衛が務まると思ったとのこと。だが魔物が小石で倒せれば苦労はない。探索者の仕事もない。
あまりに緊張感のない二人であった。
通常の受講者ならば命の危険が伴うとあって、緊張し切りでまともに言葉を交わせない者もいる。それが通常だ。
しっかりと訓練して来たリーアでさえも親から許可が降りてより、気を張って眠れない日が続いていた。
このような光景はかつてない異例なものである。
「…………」
だからこそリーアは胸に不快感を覚えていた。
クロードの悪行その一、食べ物でレルガを釣り、無理矢理に探索者に。
〜・〜・〜・〜・〜・〜
登場探索者(公国側)
チーム【瀧猿】
・【昇り龍】シユウ
容姿端麗、冷静沈着。近辺の黒雲級の中で最強との呼び声もある〔槍闘士〕。義に厚く、反する者を許さない。途方もなく巨大な『ヘブンズフォール』と呼ばれる滝を住処にしていた龍から作られたドラゴンズウェポンを持つ。
・【火猿】スン・ロクウ
猿人族で身体能力も高く、火属性の二老棒にて現世代公国討伐数最多を誇る〔棍術士〕。
クラン『タダの方舟』
・ターテン・シールズ
クランマスターにして、かつては冷血な【鉄塊将軍】と恐れられた顎の割れた〔槍重騎士〕。娘達二人を溺愛し、王国者を毛嫌いしている。紫山級。
・ニャオ・ナーオ
サブマスターでシーア達のもう一人の父親。二足歩行する猫のような見た目の猫又種という希少な存在で、魔力が豊富。枝が多々伸びる独特の杖を操り、かつては血も涙もない気質から【猛る悪猫】という悪名が有名であった。紫山級。
・スパーク・スター
一年前に魔窟へやって来たばかりの新参者。〔雷系魔術師〕で紫山級に成り立てほやほや。魔術を魔法大国ツァルカ出身の師匠に習った。雷なのはスパークの趣味。さて雷と言えば……。
・テオ
眼鏡をかけた真面目な青年。スパークと共に水晶剣を持ち帰った。盾と直剣で戦う〔純騎士〕。紫山級で、スパークとは互いに競い合う仲。
・シーア・シールズ
メスガキ。黄犬級。〔魔術師〕志望。レルガみたいな可愛いものが好き。
・リーア・シールズ
眼鏡っ娘。黄犬級。〔守護騎士〕志望。勉強熱心で、不真面目なやつが大嫌い。
・【見えざる手】シス・キネィ
念道力の魔眼を持つ黒雲級の赤髪少年。二つの針のような剣を腰に、日々魔窟でさえ才能を持て余している。
・レルガ
突如として現れたやたらと強い若き〔大剣闘士〕。襲いかかる魔物を薙ぎ倒し、めきめきと腕前を上げ、破竹の勢いで頭角を表し、雨後の筍のようにぽこぽことファンも増やしている。シユウから蒼樹級を推薦され、二つ名も時間の問題となった。夕飯は焼き鳥希望。
・クロード
悪のダンディに拘るレルガの〔保護者〕。レルガに大剣をねだられ、武器も持たずしての潜入となってしまった白鼠級の謎の魔王。地底で無茶もできず(既に忠告あり)、慌てて新技を開発するも、怪しい影もなく魔窟生活にうつつを抜かしている。
探索者階級表
赤月級・大英雄クラス。人の形をした災害。お天道様。
黒雲級・英雄クラス。強さにバラつきはあるものの、敗北を知らない者達ばかりでめちゃ強い
紫山級・仕事ミスらないので超一流
蒼樹級・実力は一級品。一人前の証。皆目指すのはここ
緑屋級・強さに不安は残るものの、やれる仕事は多い
黄犬級・アマチュアレベル
白鼠級・部活レベル
……はい、ちょっと未登場キャラも出してあります。英雄達の遊戯をまとめて確認できるように。
あとコメント返信はいつも応援してくれている方もいるので本当はしたいのですが、正直なところこれはノーコメントが正解な気がしています。それか、たまに返すとかですね。
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