第24話、とんでもない極悪人クロード

「まぁ、これは分かってるだろうが、ゾーン四十二にだけは何がなんでも何を間違っても近寄んなよ。おいらが行けっつっても行くなよ? 絶対だぞ、絶対だからよぉ」

「……覚えておこう」


 炎が轟々と渦巻き、綺麗に四等分にされていた婆娑羅オーガを焼き尽くす。


 何故か目を細めてニヒルな雰囲気を醸し出すクロードに先輩として忠告しつつも、


「よっ、ほっ!」


 なんと婆娑羅オーガを空中に投げ上げてから、棍を振るい生み出した炎弾にて焼滅させている。


「うっし、こんなもんだろっ! 残った骨はそこらの小物の魔物が食う。腹いっぱいになりゃ大人しくもなるってもんよ」


 両端に炎を灯す二老棒をくるくると巧みに操り、あっという間に婆娑羅オーガを火葬してしまった。


 素晴らしき火力であった。ただの火と違いこれも魔術の火と同じく魔力により強化されている。


 火力申し分なく、見るからに身動きも軽い。


「クロードっつったよな。武器も持ってねぇみてぇだが、あの探索者希望の子の付き添いってか?」

「その通り。ふっ、あの子には才能があるからな」

「確かになぁ。てかよぉ、あれを白ってすんのは無理があるぜ。蒼かぁ……本気出したらもしかしたら、紫に片足いってんじゃねぇの?」


 若き才能に目を輝かせるロクウの視線は、上品にミディアムレアの肉をナイフとフォークでかなり大きめに切り分けるレルガへ。


 教わった通りに淀みなく切り分け…………一気に口に放り込んでいく。結果として、がぶりと食い付いているのと同じになってしまっている。


「…………」


 レルガの隣で素知らぬ顔をしてお箸でカットされた肉をお淑やかに食うシユウ。


 見事な対比になってしまっていた。


「何なら帰りに実力見て、シユウが蒼樹級に推薦してくれんじゃねぇか?」

「それは有り難い。なんと言っても探索者はあの子の夢だからな」


 ………


 ……


 …



「……どうだろうか、レルガちゃん」

「手になんか匂いついてる。いらいらして来た」

「やはりか……」


 表情険しいシユウがむずむずとするレルガへ頼んだのは、根の上でブラッドウルフとかいう大きな黒と赤のオオカミに殺された二人の匂いを確認することであった。


 ほぼ確信しているようであったが、レルガが恋人同士らしき者達から何やら異臭を感知したようだ。


「……クロード、後で二人に共に付いて来て貰いたい場所がある。予定は空いているだろうか」

「上へ着く頃にはレルガの小腹が空くだろうが、それ以外は何もないな」

「こ、小腹か……承知した」


 その後、探索者の暗黙のルールに従い、毛布に包んだ遺体と共にゾーン十三の『第一安息地区』へと向かう。


 道中はやけに魔物に絡まれるも当然のように強弱関係なく、先頭を行くシユウが飛ばす大きな竈程もある水の鯉により瞬殺。


 稀に適したと判断した魔物をレルガに相手させるも、その大剣は獲物を容赦なく叩き潰す。パワーの大剣、敏捷なる蹴り技、個として穴のないスタイルであった。


 もう程なくゾーン十三の街へ戻って来ると、シユウとロクウは死体安置所まで遺体を運ぶと言い、一度別れることとなった。


 クロード達は、所属して世話になっているクラン『タダの方舟』本拠地へと帰還した。


 他エリアとは比べるまでもなく壁や建物にある発光石の量が多く、天井も高く、賑やかな夜の酒場街を思わせる区域。文化は完全に昔の公国のものだが、主要な施設や大型クランの拠点はかなり真新しく改装されている。


 出店や露店が立ち並ぶ中を迷いなく歩み、公国最大クラン『タダの方舟』の扉を開き、サングラスをして決めるレルガと二人して渋く入っていく。


「……あぁ、レルガちゃん。無事だったかい?」

「ん……」


 クロードを真似ているのか、クールに手を上げて備え付けの酒場で飲んでいた探索者達に挨拶するレルガ。


「お〜いっ、レルガっ!! そんな弱っちぃおっさんより俺等と組もうぜ!! ……ぐぼぁ!?」

「ここもきたえるんだな」


 独特の可愛さに連日懲りずして声をかける青年が、レルガにデコピンでしばき倒されるのを見届けずしてカウンターへ向かう。


 誰一人、クロードに話しかける者はいない。レルガを構う者ばかりであった。


 クロードは背負っていたレルガの大剣(レルガが持ち運ぶには大きく、通る度にガンガンと何かが壊れるから)を側に立てかけ、バーのマスターにオーダーする。


「いつものを頼む」

「…………」


 揃って座るカウンターに一秒と経たずして、冷えた緑茶のグラスとレルガのミートソーススパゲッティが出て来る。特別にミートボールも入れて、麺もアルデンテ。


 入って来たところを見ていたなら緑茶は分かるが、麺を茹でる時間とかあるスパゲッティは意味が分からない。マスターについての謎は深まるばかりであった。


「……あの、物凄く今更なんだけどさ」

「うん?」


 食べ終えたレルガの口元を拭くクロノがふと訊ねる。


「レルガ…………レルガって名乗っちゃったね」

「…………」

「俺のクロードと合わせて、一緒にハナコって偽名を考えただろ?」

「…………」


 この時、レルガは思った。あっちゃ〜と。クロノをクロードと呼ぶことで頭がいっぱいであった。


「……レルガもその話をしようとおもってたところ」


 神妙な面持ちでテーブルに両肘を突き、思慮の構えを見せる。


「シーカーは危険。とくにさっきのあいつら……話しているうちに上手いことレルガから聞きだしてた。それはもういつの間にか。レルガも一瞬のことで気がつかなかった」

「なるほど、納得だ。黒雲級だからね。シルクの件もあるし、俺も甘く見過ぎていたかもしれない」

「ん。けど、だいじなのはクロードさまの方。レルガのはなんとでもなる」

「……よ、予想以上に頼れるな、レルガは」


 感嘆するクロノを目にしてレルガは一度頷くと、食後のフレッシュなフルーツジュースに舌鼓を打つ。


「……おっ、よぉよぉよぉレルガっち! ピクニック行ったんだろ? 楽しみ過ぎて目が血走ってたもんな。お前なら何も心配してねぇけど襲われなかったか〜?」

「スパークの心配なんかいらな〜い。クロードさまがビンってやってやっつけた」

「クロードが? ……ふっ、どうせまたお前が突っ込んでぶっ倒したんだろ? 別にこいつに手柄をなんて考えなくてもいいって。ホントにこいつのことが好きなんだな、おい」


 帰還した二人組の一人が二人へ歩み寄るなり、出張先の王国で購入したらしき尖ったサングラスを外して親しげに話しかけた。


 クロノ達の教官を務める〔雷系魔術師〕スパーク・スターである。


 金髪の短髪に刈り上げた側面の黒髪には雷を表した模様で剃られており、奇抜な容姿ながらクランの時期エースとして期待されている紫山級の探索者であった。


「――それでは、確かに水晶剣は届けました。では当日にまた」


 スパークと共に戻って来たテオが、儀式の景品である水晶剣をクランマスターへと渡して奥の部屋から戻ってくる。


 その際に側には、彼を兄のように慕う二人の少女の姿があった。


「テオ兄ぃ、王国どんな感じぃ? おシャレだったぁ?」

「ど、どうかな、知ってるだろ? 僕はそういうのは疎いんだよ」

「もうマジで行きたぁ〜い。パパもニャオパパも絶対ダメって言うんだもん、さいて〜」


 髪飾りをした蜂蜜色の短髪に、短パンなどを好む露出度高めの装い。しかし魔術師であると分かる杖と手袋。


 クランマスターの娘の一人、シーア・シールズであった。


「テオさん、今度また盾の使い方を教えてください。いつなら空いていますか?」

「あぁ……そうだね。例の儀式が終わってからだろうね」

「そうですか……ではそれまでは自習しておきます」

「相変わらず真面目だな、リーアちゃん。勉強熱心なのは才能だよ。僕も襟を正すいい機会になるよ」


 眼鏡をかけたシーアより長めのグレーのショートカット、リーア・シールズだ。


 きっちりとした探索者らしい衣服を好み、肌を見せずに動き易さを優先する中に真面目な内面が表れている。


 左手に盾、右手にはメイスと騎士の基本装備の一つを選んでいる。


「スパーク、渡して来たよ。これで僕達の王国からの任務は終了だ。ご苦労様」

「まっ、なんだかんだで観光って感じだったな。王国もんに会う時だけ面倒なだけで」

「どっちもどっちだよね。…………それで」


 肩を竦めてスパークへと苦笑いを浮かべたテオだったが、次には眼鏡越しに鋭い視線をクロードへとぶつける。


 館内は静まり、誰もが若い正義漢テオとクロードに意識を向ける。


「クロードさん、あなたはまだこのような事をしているんですか。こんな真似っ……恥ずかしくはないのですかっ?」


 紫山級のテオの怒気が放たれ、伝え導かれてクラン中の冷ややかな視線がクロードへと浴びせられる。


「……ふっ」

「何がっ…………いえ、いくら言ってもあなたの曲がりきった性根では無駄なのでしょう。僕はこれで」


 尚も笑ってグラスを傾けるクロードに顔を険しくさせるも、テオは足早にクランを後にした。


「……レルガさん、あのお話は考えていただけましたか?」

「帰んな、じょうちゃん」


 歩み寄ったリーアの誘いを素気無く断り、クールにフレッシュジュースのグラスを翳してからごくごくと飲み干すレルガ。


 そして一息置いてから、落ち着いた口調で言う。


「レルガはクロードさまと…………」

「コンビ」

「レルガはクロードさまと、コンビでやってる」


 ジュースのお代わりをマスターへ催促する体勢で固まってしまったものの、クロードの助言ではっきりとチーム入りを拒んだ。


 そしてそれがまたリーアを確信へ導くこととなる。


「っ……レルガさん、もう私がはっきりと言います。あなたが気が付いていないだけで、レルガさんはこの人に利用されているんです!」

「人とは互いにりようし、りようされるもの……」

「やたらとそれっぽい事を言わないでください!! ここでこの人の真似をしなくていいですっ!!」


 獣人を利用した悪徳商売。こうした魔窟や傭兵業界隈では身体能力に優れる獣人族を騙し、前衛でとことん戦わせて金を稼ぐ悪党が度々現れる。


 契約や弱みで縛り、自分は何もリスクを冒さない。


「身を危険に晒して戦っているのはレルガさんだけでしょうっ? 思い返して正気に戻ってくださいっ!」


 実戦教官を受け持ったスパークの元で、リーアとシーア、並びにレルガとクロードは行動を共にしていた。


 その際に戦闘は全てレルガが担当しており、リーア達の疑惑の視線もどこ吹く風で、クロードはただ背後から腕を組んで眺めているだけ。


 しかし魔物を討伐し、皮や肉などを換金したものはクロードの手に渡っていた。


 傾向からもクロードは見事に当てはまっている。


 魔窟での戦闘はいつも死と隣り合わせ。無茶をさせようものなら高確率で死んでしまう。助けるならば早いに越したことはない。


「うっさい! ガルルルル……」

「っ…………」

「クロードさまは、いつもこそっとたすモゴグゴゴ……」

「食事の後は大人しくだろ?」

「ガル?」


 獰猛な気性に豹変したレルガが口を塞がれ頭を撫でられ、すっかり大人しくなる。


 同時にあろうことか自分を慕う少女を利用する悪辣な極悪人クロードに、正義感あるリーアは歯を食いしばって睨め付ける。


「っ…………くっ!!」

「あ、あの、リーアちゃん……?」

「バカっ、そっとしとけ……」


 クロードが澄ました顔で無視していると、すぐに足音に激怒を表して去っていく。


 第一安息地区で大人気の三人。シーア、レルガと揃って可愛がられるリーアの怒りに、クランメンバーも戦々恐々としているようだ。


「あ〜あ、怒っちゃったぁ…………ねぇ、おじさん。一回デートしてあげたら、レルガちゃんを解放してくれる?」

「ふっ、ことわ――」

「嘘だよ、ざぁ〜〜こ」


 猫の目付きと不思議な色気で誘っていたシーアだが、その目にはやはり苛立ちが込められている。


「悪党なんかと約束なんてするわけないじゃん。あたしもこんな小さな女の子に戦わせて稼いでる奴なんてキラ〜イ。ホント気持ち悪すぎ、じゃあね〜」


 姉がやり込められたのもあってか、いつも以上に辛辣に絡んだ後に去るシーア。


 実戦訓練の同行約束があったらしく、溜息混じりのスパークが後を追う。


「…………アルディンにでも食われちまえ」

「ちっ……」


 残ったのは苛立つクランメンバーの嫌悪や憤りの目。聞こえるように罵声を放つ者までいる。


 ただ一人への敵意一色。


 張り詰めた空気が建物を満たすも、やがていつもの喧騒へと戻ってしまう。


「……あいつら、うっさい」

「レルガのことを助けたいんだよ。いい人達じゃないか。俺はここの空気が好きだよ。でもだからこそ逆の視線をしているかどうかで悪党が見抜ける……のではないかと思ったこともあったけど、さっぱりだな」

「レルガもクロードさまみたいに悪いのやりたい。おそろいがいい」

「……二人組の二人が悪党だったらもう普通に追放されるね。今回は我慢してくれる?」

「う〜い」


(偶々だけど……少女を騙くらかして前線で稼がせるクズな男………………堪らんっ。普段は味わえないシンプル風味の新鮮な悪役だ。これが黒騎士だなんて誰も思わないだろうし、一石二鳥だな。悪の練習しとこ)



 〜・〜・〜・〜・〜・〜

 連絡事項

 この章はこんなんで。もう少し、クロードをクズみたいに見せる改稿をするかもしれません。あとクリスマスに絡んだ魔物を出したいのでゆ〜っくりになります。十一月にイベントがなかったのでのんびりできそうです。【夜会の王】ジャッコ・ランタンは設定集に眠ってもらいます。

 次回、探索者のキャラ紹介を最後に載せます。


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