第23話、ポイント選びも魔王な男
「…………」
無言にてシユウが指を振る。
蒼いガントレットの指先に溜めた激流を極々細い線として放ち、頑丈な婆娑羅オーガを上半身と下半身に切り裂いた。
「さて……何を揉めているのか」
先に向かわせたロクウが少女と何やら騒いでいるのを目にし、片手間に横合いから婆娑羅オーガを更に半分に両断してから自分も急いで歩み寄る。
「…………」
何故、婆娑羅オーガはここにいたのだろうか。
思えば婆娑羅オーガのいたエリアは、ブラッドウルフのいる区域よりも上にある。つまりブラッドウルフが逃げるならば下に向かう筈。
(ブラッドウルフを追っていた……?)
例えば縄張りを横切ったブラッドウルフを追ってここまでやって来たなどだ。食糧として好まれないブラッドウルフを追う理由などそれくらいだ。
しかしそうなると、ブラッドウルフは何故婆娑羅オーガの縄張りを越えてまでこのエリアの根を上がっていたのか。
「…………あの二人を追ってここまで来たのか」
思い当たるものはある。探索者として禁断とされている方法だ。
これならば原因不明で殺せる可能性が高い。
悪意の残り香に何者かの意図を察したシユウが一度だけ立ち止まり、根の上の亡骸へ視線を向けた。
………
……
…
「……い、今、レルガに喋りかけてるのか?」
狼人族の少女がズレたサングラス越しに目を丸くしてロクウを見上げていた。
「あ〜……おうよ、そりゃ嬢ちゃんしかいねぇからな。嬢ちゃんにちと訊ねてもいいか?」
「ちょっとまっててっ!」
手を突き出してロクウを制止すると、急いで肉に蓋をしてから近くに突き立っていた大剣をとことこと取りに行き、
「……よしっ、いいよ」
いつでも振り下ろせるようロクウへと見事な意匠の大剣を構え、話を聞く姿勢を見せる。
「いい訳あるかぁ!! おいらだって驚かせないように棍を置いて来たってのにっ! 話を聞く体勢じゃねぇだろうよ!!」
「…………」
騒ぎ反論するロクウを置いて、合流したシユウは重量感のある大剣を筆の如く軽やかに持ち上げて構える少女に目を見張っていた。
「でもくろ……クロードさまがいってた。話しかけられたらまず誘拐を疑えって」
「……あ、それは……いやそうかもだけどな? あれだ、ただあの魔物について知ってる事を話してくれりゃそれで終わるからよ」
遠くの婆娑羅オーガへ視線を流して手短に訊ねた。
装備を狙って魔窟内で探索者狩りなんてものもある以上、ロクウは無理に訂正せずに短時間で終わらせることを選ぶ。
「……しってる」
「おっ! じゃあそれだけ教えてくれっか?」
すると少女は、夢物語を話し始めた。
「レルガは肉にこうやってお塩をふってた」
独特のポーズで指を擦り合わせ、高い位置から塩を振り掛ける真似をし、次に近くの粉々に砕けた石等を指差す。
「そしたらあの強そうなのがきて、クロードさまが釣りしながら座ってたところをゴンってやった」
確かにゲンコツの仕草をする少女が指し示した場所は荒れていて、岩石の床は蜘蛛の巣状にひび割れてしまっている。
しかし仮に婆娑羅オーガに殴られたのだとすれば、大抵は即死である。この時点で話の信憑性は怪しくなっていた。
「…………まぁ、最後まで聞いてみっか。それで?」
「座ってた岩がパンってなくなって、いまは釣りしてるんだからあっち行けって怒ってた。でもまた殴っちゃったから……
……指を弾く、所謂デコピンを打ち上げるようにした動作をする少女。確かに婆娑羅オーガは額部分が砕けていたが当然それは有り得ない。
「そしたらどっかに消えた。レルガもこれにはびっくりした。目がこんな風になった」
目を思いっ切り広げて再現する少女。
「……べ、べんってされてたのか」
「されてた……ちがった。……ズゴンっっ!! こんな感じだった。レルガは指んとこのテクニックもあったとみてる。あと、もっと
一生懸命に身振り手振りで目にした凄まじさを説明してくれる少女だが、あまりにも荒唐無稽であった。昼寝でもしていたのだろう。
やはり何らかの自然現象かもしくは上昇したのは見間違いで、上から落ちて額を地面へぶつけた可能性が高い。
というよりも現在それより問題になっているのが、
「……この子はどうする」
「どうするっつって……決めろよ。おいらは話しかけただろ。今度はてめぇだ」
「放ってはおけないに決まっているだろう。残って得るものもなし、一旦クランまで連れて帰るぞ」
婆娑羅オーガから逃げた先程のような魔物もいる以上、ここに少女を放置はできない。
保護者のような人物はいるようだが、辺りに人影はなし。
「レルガちゃんと言ったか? 話を聞かせてもらえて良かった。恩に着る」
「役にたった?」
「無論だ。しかしだからこそ恩人をここに残してはいけない。また……」
婆娑羅オーガへと視線を向け、シユウは分かりやすくレルガを諭す。
「……あのような魔物が出ないとも限らないだろう? この近辺にはあれと比べ物にならない程に厄介な特異種がいるんだ。一度共にここを離れよう」
「でも肉やいてる」
地に膝を突き、同じ目線で穏やかな表情のシユウ。
けれどレルガは焼いている途中の肉が気になるようであった。
「だからガキはめんどくせぇ。んなもん、シユウがいくらでも食わしてくれるってよ。とりあえず付いて来な」
「…………」
「無言で大剣構えんな!?」
「食べものでつれて行こうとしたら、じゅっちゅうハック誘拐だってクロードさまがいってた……」
みるみる力を入れて振り被るレルガ。
「この馬鹿猿がっ! 俺が話していた時は素直な子であったのに、余計なことを!!」
「こんなんなるとか誰も思わねぇだろ!? こんなガキがいるとか考えられねぇだろ!!」
悪魔の宿るが如きパワーを発揮してすっかり目の据わったレルガを前に、あたふたとする二人。
「あっ、そうだ! そのクロードってのはどこにいんだっ? ここに来るのか?」
「クロードさま? クロードさまは釣れないからポイントを変えただけ。さっきからずっといる」
「は? さっきからいる……?」
辺りを見渡すも……今いる岩場にも、遠くの砂浜にも、天井に転々とある発光する鉱石の仄かな灯りを頼りにしてもその姿はどこにもない。
「…………いねぇぞ?」
「いる。あそこにポイントを変えて釣ってる」
レルガが指差した先では、確かに一人の男が釣り糸を垂らして釣りをしていた。
天井から突き出た二つの石柱を、足を百八十度に広げて足場にし、湖の真上から真っ逆さまになって釣りをしていた。
「どんな釣り方っ!? どんなポイント!?」
「あれはどのようにして帰るつもりなんだ……?」
人族とは思えない離れ業を見せて釣りをする男。見た限りでは至って平々凡々な三十代程度だろうか。黒髪の男だが、あそこからどうするつもりなのだろう。
「ロクウ以外にあのような芸当をこなす者がいるとは……。……おい、俺ではあれは難しいから迎えに行って来い。これも何かの縁。話を聞かせてもらった恩もあるだろう」
「ちっ、面倒くせぇ……婆娑羅オーガとやりに来ただけだったのによぉ。ったく……」
「そんなんしなくても呼べばいい。呼ぶ?」
渋々壁沿いに天井へと登ろうと足先を向けるロクウに、レルガは当たり前といった風に提案した。
「……では、頼もうか。こちらまで御足労いただきたい」
「らじゃー。…………わぉぉおおおおんっ!!」
雄叫び一つに、寄せて返す細波揺らめく湖が震えた。
………
……
…
「……あ〜あ〜、やっぱりだよっ。俺の腕のせいじゃないよ、これ。さっきの魔物のせいだから。レルガに大見得切ったのにどうしてくれんだ、まったく…………ん?」
……ぉぉぉぉん。
反響するレルガの合図を受けてそちらに視線を向けると、来客二人が明らかに自分を待っているようであった。
「なんだろ……」
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