四英雄・探索者の卵のイベント編

第22話、参上、婆娑羅オーガ

 

 聖女ナタリアが魔王教により殺害されて二週間の時が経過した。


 ノーマン公国は聖女を弔い、次なる聖女の誕生を願う催しを開催した。


 それが終わったのも三日前。


 公国側のニウース地底魔窟への門の飾りも外され、探索者等も短い休暇を終えて魔窟へと舞い戻り始めていた。


「……ん? お、おい、道を譲れっ」

「あん? なんだよ、急に。俺は誰だろうと避けねぇぞ。むしろ退けって肩で風を切んだよ」

「お、おれは関係ないからなっ。忠告したからな」


 魔窟へ潜る探索者等は、規則で門での身分確認を義務付けられる。


 探索者の証であるメダル確認待ちの列で、門番の目前まで来た若者の片割れが順番を譲ろうと道を開けた。


「はんっ、てめぇ……ビビっちまって情けねぇやつと言いつつ一応確認する俺っ! ……えぇ!?」


 臆病風に吹かれたもう一人の若者が振り向くと、遠くまで並んでいる列を割って、二人の探索者が歩んで来ていた。


 誰もが知る最前線で活躍している探索者が故に、道を譲っている。


「気分いいぜぇ! 注目集めて闊歩するってのはよ!!」

「……下品な奴だ。これが厚意だということを忘れるな、猿」


 猿人族の赤い棍『二老棒においぼう』を持つ上機嫌な男は、スン・ロクウ。


 長槍に遺物である蒼い手甲を付けた紺の長髪をした冷淡な男は、シユウ。


 今やノーマン公国を代表する最強格の黒雲級探索者チーム【瀧猿】であった。


「……てめぇ、朝方においらの事を二度と猿っつうなって言ったよなぁ」

「止めて欲しくば態度を改め、乞え、願え、謙虚になぁ……」


 華美な装いを沈ませて下から睨み上げるロクウを、上から見下すシユウ。


「ま、まぁまぁ、シユウさんもロクウさんも、ここは穏便に……」

「ここで二人がやっちまったら、俺等大変でさぁ!」


 止めようと熟練の探索者等が声をかけるも【瀧猿】の放つ強者の迫力は本物であり、迂闊には近寄れはしなかった。


「やんのか……? てめぇなんざ、お手手の遺物跳ねてやりゃあ後は好きにできんだぜ?」

「やってみるがいい。貴様などというのは、穴掘ってバナナを置いておけばそれで終わりだろうが」

「はぁ!? ち、ちげーわ!! はぁ!? 訳が不明だぜ!! はぁ!? アレはちげーわっ! はぁ!?」

「…………すまん、これは言い過ぎた」


 以前にちょっとしたお巫山戯で作った罠に、ロクウはまんまと嵌まってしまった過去を知るシユウが素直に謝り、今回は事なきを得た。


「……ちっ、さっさと“十三”まで潜ろうぜ」

「駄目だ。例の依頼に備えて先に“ゾーン三十六”で『特異種ユニーク』の一体を狩らねばならない。打ち合わせした内容程度はいい加減に覚えろ」

「あ……めんど……」


 魔窟はあまりに地底深くまで伸びており、未だ推定半分程度しか踏破できていないとされている。


 エリア毎に数字で分けられ、数が多くなればなるほどに地下深くなり、一概には言えないものの生息する魔物の危険度も上がる。


 ロクウの言う“ゾーン十三”には探索者が腰を落ち着ける小さな街が築かれており、居住区などもある憩いの区画である。


 しかしこれから向かう“ゾーン三十六”には道中に地底湖への巨大な縦穴があり、早くに到達可能ながら魔物も強い地区で生半可なものは餌食となるだけであった。


 慣れた魔窟へ踏み込むと、まずはどこの洞窟にもある静けさと湿り気を覚えながら薄暗い道を他の探索者等と歩む。この辺りは魔物も数は少なく戦闘は滅多にない。


 やがて分岐ごとに分かれて数が減っていき、二人は玄人すら好まない危険な道を迷わず歩いていく。


 ゾーン八から地底湖へ通じる縦穴を埋める勢いで伸びる根を伝い、最短距離で降下していく。果たしてこの異様に肥大化した根が何であるのかなどは最早気にもならない。


「――〈鯉口こいぐち〉」


 蒼い手甲『遺物・滝龍の鱗腕トーレント・ガントレット』を付けた左手から、激しい水流が鯉を形作り撃ち出された。


 激流を操る遺物の力で独特の印を結んだ左手は、かつて巨大な滝に住んでいたという龍の片鱗を見せる。


「キャンッ……!?」


 血を啜る凶暴な狼であるブラッドウルフを激流の鯉が通過し、その開かれた口により喰い殺してしまった。


「……なんで“ゾーン二十”にこいつがいるんだ?」

「…………」


 シユウが一撃で殺してしまった魔物だが、辺りの根の上には青と緑のメダルを持った男女の探索者が食い殺されていた。


 ブラッドウルフ。体長は四メートルを超えており、オオカミ類に見られる獰猛さと強靭な顎に加え、特有の血色の立て髪を持つ洞窟に棲まう魔物である。


 ロクウの手に持つ魔検石なる鉱石がブラッドウルフの保有する魔力に反応し、蒼色に発光していた。


 ということは、蒼樹級より戦闘可能ということだ。討伐可能ではなく、戦闘への参加が可能。


 魔窟内でも強い部類に入る魔物であった。


「……おい、石が紫になったぜ。へへっ」

「喜ぶな。亡くなった者の前だ。不謹慎な……」


 探索者等のメダルを懐に収め、遺体よりも先に何故か上層に上がって来ていた標的へ集中する。


 特異種、“婆娑羅バサラオーガ”。


 ケイブオーガという洞穴に棲まうオーガの変異した個体で、大きさは二回り以上。身体付きも鎧を纏っているような完全なる独自の進化であった。


 頑丈に過ぎる外皮と耐久性、腕力は勿論のこと何より手の付けられない素早さで討伐を何度となく免れて来た厄介な魔物だ。


「唸るぜぇ。久々に時間も何もかんも忘れて死闘に浸ってやらぁ……!!」

「…………」


 ロクウの瞳に危険な色を感じながら、シユウは一纏めにした美しい長髪を後ろに流す。


 特異種は通常の物差しでは計れない。魔検石の反応よりも強いことが殆どであるからだ。


 故に今回も命の危険がある可能性も捨て切れない部分があるも、ロクウはそれがより昂ぶる要因となっていた。


「キキッ、とっとと行くぜ。さっさとやらねぇと死人が増えちまう」

「それには同感だ。……くれぐれも暴れ過ぎるなよ。お前の棍は――」


 やり過ぎを改めて釘刺そうとしたシユウの声を、縦穴を突き上がっていった巨岩を思わせる大きな影が遮る。


 速度、風圧、共に凄まじく、それは同時に影の重量を物語っていた。


「ん? ん? ん? ん……?」

「な、なんだったんだ? 今のは……お前は見たか?」

「いや……チラッと、いやでも……いやないないないない!! 有り得ないもん!! おかしいって!!」


 根の端から下方を眺めていたロクウが、見間違いだと断言する。


「あぁ、良かった。横目に少しだけ見えたものが婆娑羅オーガだったのかと思って肝を冷やしたぞ」

「違うだろ? 馬鹿だな、てめえは。意味分からんだろ。婆娑羅オーガがあんな勢いで空飛ぶなんて」

「そもそもだ。いたか……? ここの魔窟のこのエリア近辺に、大型の飛行する魔物だなん――」


 大きな影……というよりも婆娑羅オーガが上から降って行った。


「「…………え?」」


 ………


 ……


 …




「「…………」」


 地底湖の辺りまでやって来たロクウとシユウ。


 足元に転がる……大きな頭を覆う最も分厚い角を割られ、痙攣を繰り返す婆娑羅オーガを前に、目を丸くしていた。


「……いやいやいやいやっ、有り得ねぇって!!」

「騒ぐな……いやしかし……」

「な、なんじゃこらぁ……」


 あまり魔物がいないポイントである為に、地底湖の他には何もない殺風景ながらオアシスのような場所にポツンと気絶する婆娑羅オーガ。


 盛り上がった小山のような巨体を、大の字にさせて伸びている。


「……まぁしかしだ。討伐対象だからやってしまえ」

「お、おぅ。起きてもまともに戦えねぇだろうしな。……ごめんよぉ!」


 とりあえず止めを刺す。


 棍の先端が炎を宿し、それを力強く婆娑羅オーガの口内から脳へと突き込む。


 鈍い音や焼き焦げた悪臭と同時に、婆娑羅オーガの痙攣が一度激しくなる。


 しかしやがて脱力してその生命は息絶えた。


「……そんならぁ、今度はあっちか?」

「事情を知っている者がいるとするならば、奴だけだろう。不気味だが何があったのか不明に終わる方が気味が悪い。報告の必要もあるだろう。仕方がないな」

「そもそもなんでこんなとこに……」


 二人は目を疑う人影と、やっと向き合うことにする。


 訝しげなロクウが足を向けた先は、湖畔の端であった。


 魔窟内にあって見るからにリラックスするその者は、ピンセットを大きくしたような物を使い大きな肉をセットされた網の上で焼きながら、片手のコップで飲み物まで飲んでいる。


 地下にも関わらず黒いサングラスに麦わら帽子。短パンにサンダル。


 煙を上げながら、やけに慣れた手つきでブロック肉に焼き目を付けていた。


「……なぁ、お楽しみのとこすまねぇ。ちょっとばっか話、いいか?」

「……………………っ!?」


 一度は呼びかけに振り向くも、何事もなく作業に戻ったかと思えばやはり仰天して再び振り向いた。


「……い、今、レルガに喋りかけたのか?」


 バーベキューの準備をしていた狼人族の少女が、コップを片手にロクウへと問い返した。

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