第21話、幕間・レルガの機転

 

 金剛壁、それは強力な魔物の跋扈する魔鏡深くにあるただただ途轍もなく硬い岩壁。


 辿り着いたところで何か得るものがあるでもなく、道中を考えれば絶景といえる景色も割りに合わず、誰も目指そうとはしない秘境なり。


「――よっしゃーっ!!」


 東の領域に響く、少女の雄叫び。


「レルガぁ、コーナー回るでぇ!! 三つ目の岩に気ぃつけや!!」

「指差し確認よしっ!!」


 橙色の大蛇の上で半身になってバランスを取る狼人族の少女レルガ。


 毒ガスの噴出し、爬虫類系の獰猛なる魔物の蔓延るエリアの岩肌を滑走する。


 突起の出た箇所を巧みに避け、ジグザグに滑り降りる。


 やがて直線に入り、その速度を上げて行く……。


「…………」

「…………」


 一人と一匹の表情は真剣そのもので、加速して風を裂いて進む中で研ぎ澄ます集中に汗が滲む。


 そして東の領域の主である大蛇のドウサンが作成したジャンプ台から、


「と〜〜〜う!!」

「あぶなぁいっ!!」


 青空へと本日の記録への大ジャンプを試みたレルガとドウサンを、高々と地上から跳び上がった影が捕まえる。


「――危ないでしょうが!! 危な過ぎるでしょうがっ!!」


 崖下へ着地した直後から縮んだ心臓を押さえて叱るクロノを前に、とぐろを巻いて岩のふりをするドウサンとその上で何食わぬ顔をするレルガ。


「……こらっ! やってもないのにダメでしょ!」

「え……ごめん」



 ………


 ……


 …




 子供が正しいことを言うこともある。言われた通り試しに岩肌をドウサンと共に滑り降りるクロノ。なんらかの安全性を確保する手段が隠れているのかもしれない。


 前世でテレビで見たスノーボード選手をイメージし、先輩レルガ顔負けの滑走を披露する。


「ナーハッハッハッハッハ!!」


 ゴリゴリとしたドウサンの鱗が岩肌を削る感触を足裏から感じつつ、滑らかな斜面を右に左に華麗に滑る。


 やがて直線の急斜面へ。


「…………」

「…………」


 緊張に丸太のようになるドウサンを滑らせ、いざ空へと飛び出した。


「おっしゃーっ!!」


 高々と射ち出されたクロノは……しばしの後に勢いが弱まるとドウサンから離脱し、抱えたまま遥か下の地上へと降り立つ。


「すご――――っ!!」

「いやぁ! これはサイッコーに…………危険だね。やっぱり禁止」

「え――――っ!?」


 自分の記録を超えたクロノへ、はしゃいで近寄ったレルガへと冷静に通告した。


 ………


 ……


 …



「いいね? あれは俺がいる時だけ。並走していつでも助けられる万全の体制の時だけのイベントとします」


 金剛壁を砕いて掘って無理矢理に作られた自宅の玄関ホールで、再度説教する。


「でも毎日練習しないとつよくなれない」

「なんの練習なの……? あんなレールが途切れたジェットコースターみたいなの……せめて失敗しても擦り傷くらいで済むものにしなさい」

「めんたるを鍛えてる」

「またそれっぽい言葉を覚えてるし。誰が教えてるんだよ……」


 聞けばこの他にも魔鏡の魔物達と様々な訓練をしているらしく、これはまだマシな部類とのこと。


 水色の鮮やかな短髪を撫でて、嘆息混じりに言う。


「よくアスラのところにも遊びに行ってるって聞いてたから、レルガの鍛錬はそこでだけだと思ってた……」

「あいつは確かにつよい……。クロノさまの次がレルガで、あいつはレルガの次くらい」


 説教が終わったとみるや、クロノへよじ登り肩車の位置へ。


 ぽふぽふとクロノの黒髪を叩いて催促する。


「またかあちゃんのとこ行きたい」

「俺の実家? 今回の仕事が終わって少ししたら稲刈りだから、その時に一緒に行こうか。母ちゃん、レルガもヒサヒデも溺愛してるし親孝行にもなるね」

「行く〜」



 ♢♢♢



 ふぅ、やれやれ。レルガはやっぱりお転婆だ。


 ドウサンとヒサヒデを叱りはしたものの、蛇と梟ではレルガを止めるのは難しかったのかもしれない。


 反省だな。


 反省と言えば……赤月級ってあんなに強いとは思わなかったな。


 少し運動に付き合うだけのつもりが、ことのほか燃えちまった……。しかも本来の武器であるところの弓を使ってないっていうのがビックリなところだ。


 聞こえてくるシルクの伝説にはほぼ弓が使われていた。


 あ〜れはたしかに強い。災害扱いされるのも分かる。


 ちょっと下がり気味押され風味な味わいがして、刀で負かしてやろうと顔真っ赤になりかけだったから気が付いて良かった。また同じ過ちを繰り返すところであった。


 でもいつか、刀術でシルクの弓に挑みたくはあるな。


「ふんっ、ふ〜ん!」


 ドウサンで滑って気分がいいのか、鼻唄を歌うレルガを連れて我が家の下層へと向かう。


「あ〜あ、なんか休暇もらっちゃったんだよね」

「きゅーか?」

「うん……急に休みだって。そんなこと言われても何すればいいんだか」

「もう壊しちゃダメって言われた?」

「え? …………え?」


 え、そう言う事? でもこれを通達したセレスの話では……ほわんほわんほわんほわん……。


 懸命に脳裏にあの時の出来事を思い起こす。


 ………


 ……


 …




 シルクに稽古をつけてやって、朝に領主の少年に報告に行ったらまだ寝てるよと執事さんが言うので、その人に言伝を頼んでからのバカンス。


 何でもあの後も夜遅くまで都市内での領主の仕事で移動し切りだったらしい。


「おそらく暗殺者と天秤の男は、ニウース地底魔窟で争っています。暗殺者は天秤の男を始末したいだけのようですが、天秤の男の目的は未だ一切不明です」

「……いったい魔窟に何があるというのだ」


 麦わら帽子に半袖短パンにサンダルの俺は、冷やし茶漬けと箸を手に魔王らしくセレスへ返答した。


 イーシュトのめっちゃいいホテルのテラスでだ。


 テラスなんてこの部屋にしか付いてないらしく、他の客室の屋上みたいなところにあって街まで一望することができる。


 なんか頼んでもいないのに、テーブルにボイルした海老やらなんやらが奇抜な盛り付けで出て来たし。


 ロイヤルがいるとやっぱり違うぜ。普段は旅の夜となれば山奥でトレーニングしてるもんな。


「ま、何にしてもこの魔王に手を出した事を後悔させてやるけどね。前蹴りかなんかで」


 魔窟内から蹴り上げてなんもかんも貫通させてこの星から追放してやろうか。


 カットしたきゅうりみたいな野菜を茶漬けの上に乗せて、自家製の梅干しをいい感じにほぐして食べ始める。……ふっ、爽やかで最高だぜ。


「そこでなのですが、これらの調査は私共にお任せいただけないでしょうか」

「…………なんで?」


 一口で四匹の海老をむしゃる俺に、謎の提案がされてしまった。


 あっ、この海老用のソースあんじゃん。わっかりにくいなぁ。……ソース無しでもいいかも。


「俺だって手伝うよ。ていうか手伝いって言うより、メインは俺だから。例えるなら…………まぁ、すぐには思いつかないけど。後から言うわ」

「思い付かないのであれば、無理に例えなければよろしいかと」


 ……何が面白いのか、ずっと俺の横っ面を凝視しながら話している。


「今回は少数での調査となるでしょう。天秤の男と暗殺者等に気付かれないよう探らなければなりません。更にクロノ様は刀や魔力による技などをシルクに知られてしまいましたので、そちらの面でも察知される危険性が増しています」

「…………」


 茶漬けをかき込んで、そっとご馳走様し……海老を三つ咥えて椅子へ深めに背を預ける。


「何かご質問などはありますか? あ〜ん」

「あむぐむぐむぐ……」


 質問はあるかと自分で訊いてんのに、海老を口元へ持ってくる。目の前にあったのでワニガメみたいに食いついてしまった。


「魔窟内は強大な魔物も多く棲息しております。他の者ならば考えられないのですが、クロノ様ならばお力を振るえば崩壊や崩落なども十分に有り得ますので」

「むぐむぐ……いや、それくらいの配慮は俺にだってでき――」

「あ〜ん」

「あむぐむぐむぐむぐ……」


 やたらと愉しげなセレスが、海老を食べさせて来る。


「戦闘ではなく潜入調査ですので、黒騎士様の出番までご心配なきようお願いします」

「むぐむぐ……そ、それでも――」

「あ〜ん」

「むぐっ!? むぐむぐむぐむぐうぅ……!!」


 口を開いて喋ろうとすると、尋常ならざるベストタイミングで大量の海老を咥えさせられる。


 もはやリスのように口の中はパンパンである。


「く、くるぢぃぃ……!!」

「っ…………昨夜の勇ましさや凛々しさと、このお可愛らしさが共に両立するだなどと、誰が想像できるのでしょうか……」


 辛抱堪らないとばかりに控えめに悶えるセレスを他所に、反論も忘れて咀嚼に勤しんだ。


 ♢♢♢


 天秤の男とはシルクを除き、七十五年周期で起こる今回の騒動に集められた主要戦力である以下、七人の英傑の中にいる可能性が高い。


 冷淡なる遺物所有者は、義に反するものは何者であろうともその激流を持って打ち破る。


 陽気な猿人族は、刹那主義故にただひたすらにスリルを求める。


 不動なる鬼は、王国側最大のクランマスターとして相応しき力を持つ。しかしだからこそ、率いる身として彼は赤き月を夢見て歩みを止めない。


 鉄仮面率いる女戦士は、金銭以外に価値はなしとする。仕事は単独。残業、交渉、協力、一切を認めない。


 神父を称する傷の魔術師は、迷える民の味方である。どんな形、どんな敵、どんな手段であろうとも。


 毒エリア専門の美食探索者と呼ばれる男は、ただ魔物の血肉を求めて。


 念道力の魔眼を持つ若き天才は、自らの力を誇示する野獣である。


 最も強き翡翠の大英雄は、中立を重んじつつも人であろうと魔物であろうと他を侵略するものを許さない。


 そして、まんまとしてやられた黒き騎士は……。


「……レルガ君、見返す……じゃなくて手伝いがてら魔窟にスパイミッションしに行ったら怒られると思うかな?」

「おこられる。でもそしたら、おこられないようにすればいい」

「それはぁ……具体的にどうすればいい? 何か妙案があるようだが」

「こそっとやればいい」

「…………なるほど、レルガは天才だな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る