第20話、そして物語は、魔窟へ……

 

 エメラルドの熱が地を焼き、漆黒の斬撃が空を裂く。


 二人の余波が、葡萄園跡を変貌させていく。


 いや、シルクの影響がほとんどだ。


 火が付いていた。そしてまだ加速していく。


 その場を離れられない。攻撃ができない。一応受け流すにも限界はある……などの欠陥を抱えるも、魔王らしいという理由で採用されてしまった全方位完備の完全防御技を受けて、シルクがその気になってしまう。


「――――」


 距離を詰めるシルクが前方に片手の短剣を放り、魔力を灯した手を翳す。


 手の平から苦無を思わせる刃を構成し、射出する。


「…………っ」

「ッ――――!!」


 顔を傾けて軽く躱す魔王へと、短剣を掴み取ったシルクが斬りかかる。


 疾走感極まり、身体から突っ込むシルクのダガーが、構えられていた刀を擦り付けながら一直線に魔王の鼻先へと。


「――――っ!?」


 刃を払おうとしていた魔王が、咄嗟に上半身を傾ける。


 シルクの逆の手にある短剣から伸びる糸が迫っていた。本命はこちらであった。


 ダガーの魔力を削り、その分で切先から糸を密かに伸ばしていた。伸びる糸が血を走り、裂け目を作り出す。


 かつてのニダイのイメージを頭に置き、その結果を再現する。


「……ッ――――」


 大きく飛び退き、追うシルクへと二度、三度と素早く刀を振るう。


 そしてまた受けて攻めてと刹那の攻防が瞬く。しなやかに流れて寸断する光糸やガード越しの爪先等からも蹴り出される刃を透過して避け、戦闘は未だ加熱の一途にあった。


 身体が温まって来たとばかりのシルクと、刀技にて正面からやり合う。


「ふっ……!!」


 振り上げ気味に振り切られた翡翠の大剣が、片手の刀で受け止めた魔王を……その体勢のまま大きく飛ばす。


 透過の回避と《黒の領域》を警戒し、初見の技や見切ることの難しい技を多様し始め、後退して追われる場面が多くなっていた。


「っ…………ん?」


 着地後、ふいに周囲を見渡し、荒れ果てていた葡萄園が完全に耕された状態になっていることを悟る。


 離れた廃屋にはシルクの投擲物の貫通により溶けて空いた綺麗な穴があり……いくつもあり、全域を通して戦闘の激しさと力の大きさを物語っている。


「ふ、ふむ……」


 居心地悪そうな魔王が棒立ちとなる。


 そこへ――


「――ふんんっ!!」


 翡翠大剣を何度もの縦回転で勢いを付けたシルクが、更に過激さを上げて強襲する。


「――――」


 時が止まる。


 あれだけ躍動していた身体が、完全に停止する。


 いや、止まったのは自分と魔王のみだ。


 大剣の威力は地面が鳴く程の大きな振動と園内の土壌が高く持ち上がったのを証拠に、正しく発揮されている。


 しかし……故にであった。


「……ここまでだ」

「…………」


 驚愕に目を疑うシルクの前にあるのは、輝く大剣を親指と人差し指で摘み止める魔王。


 ピクリとも動いていなかった。しかし周囲は激変し、まさに自分達の時のみが止められたかのようであった。


「これ以上は土地のオーナーが困ってしまう」


 何人も触れられない翡翠の武器を未だ摘み、魔王らしからぬ事を言い出す。


「ぐっ…………っ」

「少しは気も紛れただろ。これくらいにしておこう」


 大剣を踏み台に大きく後転宙返りで退避するも、次の瞬間には魔王は自分の頭に手を乗せ……通り過ぎていく。


「彼女達をよろしく。今度は噂の弓を持ってる時に遊ぼうか」

「…………」


 とても信じられない事態と自分と戦いながらも何事もなく去っていく魔王に、シルクは目をしばたたく。


 遊ばれた経験も頭に手を乗せられた経験なども、あまりに遠い昔のことですぐには思い出せない。皆、今では敬うばかりだ。


 やがて魔王の姿が見えなくなると…………薄っすらと魔力で糸を作り、


「…………いたっ」


 指にふわりと乗せるも、やはり魔力の質はそのままで深々と切れてしまう。


 傷口の赤を眺めて呆然と突っ立つシルクの元へと、ラコンザが駆け付ける。


「――シルク様っ、ご無事か!!」

「……う、うん、私は何事もないよ」

「えっ? 指から血がどくどくと出ておりゃしませんか?」

「久しぶりに傷を負ったのだけど……やっぱり痛いね」


 急ぎ清潔な布を取り出し、シルクのざっくりと切れた人差し指に巻いていく。


「青い顔をしておりますぞ……。……おのれ、奴め」

「い、いや、これは自分で——」

「おそらく噂の魔王でしょうな、なんと邪悪な。儂が付いていながら……」

「…………」



 ………


 ……


 …



 肝を冷やしたラコンザとシルクは、程なくナタリア等の現場に戻り調査を開始した。


「…………」


 ナタリアを刺した傷は、魔槍によるものであった。


 それでは魔王は何者で、何をしていたのだろうか。騎士を殺した理由は……?


 いくつか想像し得る状況はあるが、それともう一つ気になるのは暗殺者集団の死体だ。


 暗殺組織は近辺にいくつか存在するも身なりや鍛え方を見る限り、シルクに一つの組織名が浮かぶ。


 古くからある暗殺結社で、もし仮にそうだとすると非常に厄介だ。


「シルク様、暗殺者にやられたのか儂とやり合った女の死体が屋根にありました」

「……遺物は持っていないよね」

「取られておりますな。ただ……遠目から見えたのですが、青い火と大きな獣の姿は確認しておりますぞ。獣は闘牛のようでしたかなぁ……」

「う〜ん、それだけでは何とも言えないね。青い炎ならば魔法でも作り出せるからね。獣の方も方法はある」


 女の死体を担いで地下へ降りて来たラコンザが、ポケットからある物を取り出す。


「……女はコレを持っておりました」

「探索者メダル……」


 となると、手掛かりは探索者……魔窟にある。


 五大魔窟の一つ、『ニウース地底魔窟』。


 七十五年周期で発生するとある魔物の騒動があると共に、それに関わった探索者は呪われた事件に見舞われている。


 まさか関わりがあるのだろうか。


 元々向かうつもりではあったが、『遺物職人レガリアメーカー』の関わりがないと言えない以上は調べる必要があるだろう。


「外を見てきた様子では、じきに日が昇るでしょう。さすればこのようなジメジメとした薄気味悪い場所からも遺体を移動できます」

「……そうだね」


 寝かせたナタリアと寝息を立てる子供達を漠然と眺めていたのを、心配しての言葉だろう。


「……この子らしいね」


 無事に傷一つなく無垢な表情で眠る子供達を通して、ナタリアの意地を見た気がした。


 手の甲でナタリアの頬を一撫でして汚れを落とし、彼女らしさに微笑を溢した。



 〜・〜・〜・〜・〜・〜

 連絡事項

 一章が終わりました。

 二章をハロウィンに合わせた楽しい感じのものを書こうとして急いでいましたが、ご覧の通り完全に間に合いません。何故ならあと五日くらいしかないからです。もうクリスマスに合わせてやろうかと考えているくらいです。なのでそろそろ滞るかもしれません。

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