第19話、翡翠の空
月明かりの元に舞い戻った二人により、剣戟の火花は咲く。
「ッ――――」
最小限の動きと基本的なれど極まった太刀筋で、何もかも斬り伏せんと黒刀を振るう魔王。
対して、
「ふっ――――!!」
俊敏なる移動と軽業にて撹乱し、見栄えのいい高度な短剣術で翻弄し、熱と威を知らしめる翡翠色の剣を見舞うシルク。
静と動の極み同士の戦いのように感じられる。
互いに普段は容易に振るえない力をぶつけ合い、移動した後には新緑の炎が道を作る。
葡萄園跡を舞台に、魔の王と赤月級が剣を競い合う。
「……なんと、まさかあのシルク様とまともに打ち合うとは」
幾人かの暗殺者と謎の女との戦闘を終えたラコンザが遠目に壮絶な戦いを見る。
目にしていなければ、信じられなかっただろう。あの【翡翠弓】シルクを相手にして、戦闘の形になるなどと。
一度の接触で少なくとも三度以上の剣戟音。
飛び交う翡翠の光は目にも止まらない速さだが、闇に溶ける黒刀は正しく渡り合っているだろう。
単純に直接戦闘のレベルが理解を超えて高過ぎる。
それに……火花の度に夜目を凝らしてやっと見えるシルクの表情。
瞳は細波一つない水面を思わせるも、顔に表れる戦意の熱は縮み上がる程に恐ろしい。
技というにも複雑なその連撃も、自分では一度目で首元を掻き切られてしまうのは明らかであった。
「ッ、ッ――――」
威を誇る二つの刃に加え、曲芸師じみた躍動的な体術を受け、後退する魔王は少しだけの違和感を感じる。
感じるも……まずは目の前に集中する。
目を見張る技であっても、無限に続くものなど有りはしない。幾つかのコンビネーションを繋げ、隙間を高度に誤魔化しているに過ぎない。
威力と異常な速度感を技で取り纏めており、神業とすら思える怒涛の連撃。
防御に重点を置き、その節目を探す。
「――――」
「ッ、くっ――――」
首を掠めるように回されたエメラルドの大きめのダガーが、魔王をするりと通り抜ける。
完全な見切りと足運びに加えて、高速かつ最小限での上半身の回避により十分な時間の優位を得る。
「ッ――――!!」
両手で握った力強い斬撃により、受けたシルクを飛ばす。二つのダガーといえどシルクをして抑え切れない威力。
「ッ――ッッ――――くッ――――ッ!?」
ここに来て高速移動を発揮して先回りし、シルクの小柄な身体は一太刀毎に吹き飛ばされる。
荒れ果てた園内で、緑の光が不規則に行き来する。
強撃する刀で反射するように手玉に取られる。
「――――っ!!」
先読みした場所へエメラルドに発光するダガーを投擲した。
当然に魔王は刀で弾こうとするも、
「ッ……!!」
魔力へ変わったダガーは受ける刀を擦り抜けてしまう。
咄嗟に避けるも間を置かずして視界に飛び込む翡翠の武器達。シルクの防げない投擲物が次々と飛来していた。
先程の回避を対策してか、時間差と範囲を広げ、軌道も様々に避ける暇を与えない。
「私の知らない技だったから、念入りに行かせてもらったよ」
魔王の頭上へ投げ終えていた棘の生えた結晶体が弾け、包囲網は完成する。
――魔王を中心に、局所的な爆撃が生まれる。
爆ぜた土壌が高々と舞い上がり、爆音と熱風が葡萄園を超えて拡散していく。
「…………やれやれ、どうなっているのだろうか」
「言っただろ、俺は強い。君が思うよりもね」
魔王は衣服の端を燃やすも、無傷で同じ場所に立っていた。
「そうみたいだ。侮ったつもりなどないのだけれど。けれど私も言った筈だ」
「…………」
「私も強いと…………剣の業をここに…………」
編み出した翡翠色の光剣を解いていく……。
細く伸びる絶対両断の無数の糸となって解けていく。
どのようにして凌いだのか不明なれどこの技ならばそうはいかない。
「剣技が強い訳だ。……“ニダイ”か……」
「っ…………」
ぽつりと呟いた魔王の一言に、シルクが僅かに目を剥く。
(まさか、【兇剣】ニダイの技まで知っているとは……。……本当に何者なのだろうか)
かつて訪れたレークという街の宴で感嘆した大剣豪の技を、自分が扱い易いように改良したのがこの技であった。
「これは一層負けられないな。――――」
目付きが変わった楽しげな魔王の足元から、昏い闇が一気に噴き出す。
領域を構成し、“殲滅の剣技”を“守りの秘技”で受けて立たんとする。
………
……
…
「ぬぅぅっ……!?」
ラコンザが堪らず呻めき、突如として発生した重圧に構える。
「ッ…………」
一方、建物の屋根にてシルクの格の違う強さを改めて確信する大柄の男も、目の前の光景に驚きを感じていた。
黒い魔力の雲海が…………葡萄園跡の半分程をも覆っていた。
領域を構築してしまう膨大な魔力の急激な放出に、一帯が押し潰れんばかりの圧力を錯覚する。
「…………」
「…………っ」
相対する天秤の男をどう殺そうか脳内で展開を構成していたセレスが、自分と男を隔てるように燃え上がった青い炎に一瞬だけ目を
次には、目の前に巨大な雄牛が現れる。
銅色の巨大な牛は金属の身体で鼻息荒く、明確な生物的凶暴性を持ってセレスティアに襲い掛かる。
「…………」
そっと当てた盾に宿る魔力を操り、ふわりと自分の身体を浮かして横合いにズレる。
柳を思わせる柔らかさで宙に浮き、雄牛に乗る天秤の男へ『覚悟を』との意味合いを込めて鋭利な視線をくれてやる。
木の枝へ降り立つと、樹々も押し潰して森の奥へと騒がしく去っていく雄牛を見送る。
直線的、物理的に強力な遺物であった。
中々に速いのもあるが、深追いを禁じられている以上は見逃すしかない。
だが殺された女だけは調査しなければならない。
今一度屋根へ登り、死体を探る……。
すると…………青色のメダルを見つける。青樹級の
「……あとは、シルクですか」
これ幸いと落ち着いて、魔王と翡翠弓が繰り出す大技の一幕を観る。
………
……
…
異常な熱量を誇るシルクの魔力糸が、兇剣ニダイの技により広範囲殲滅兵器と化した。
更に魔力を注ぎつつ振り被り、
「――――せやっ!!」
珍しく気を込めた掛け声で柄を振り、魔力の万糸が放たれた。
地表を焼き、空気を細切れにしながら、滅尽の風が吹き付ける。
まるで嵐の中に押し寄せる荒波のように、緑光の巨大なカーテンが魔王を襲う。
「ッ――――」
流動する黒の雲海。
渦を巻いて魔王を包み込み、常に緩やかに流れる暗黒の積乱雲へと変貌する。
絹のように柔らかな翡翠の光が、ついに黒の領域と接触した。
「っ…………」
予想よりも細かく力強い感触ながら、黒の領域に達したものは魔王に把握され、掴まれ、受け流される。
緑光の風が僅かに黒の領域を削るも、流れを変えられていく……。
「…………私もこの結果は予想できなかったよ」
抗うことを許さない妖精王の裁きが、上空へ吹き抜けていく。
空へ揺れる翡翠の風は溶けて広がり、やがて月夜の一部を染め上げた。
オーロラ代わりにエメラルドに光る空は、まるで異世界を思わせる光景となっていた。
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