第18話、忠義の騎士に死後の安寧を
「っ…………」
頭に酷い頭を覚えたゴーエンが目覚める。
僅かな時だけ記憶が混濁するも、目の前の光景を前にすぐに置かれた状況を把握した。
暗殺者等は見るからに全滅。子供達の元には力尽きるナタリア。
その前には……ただ黙祷を捧げる黒髪の男。
「…………っ」
壁伝いに重い身体で立ち上がり、近くに落ちていた槍を拾い上げる。
自分の行動に、理解は後から追いつく。
「…………」
「……お相手を願いたい……」
祈りを終えた男へと、槍を構える。
男は驚きも嘆きも、怒りもせずにこちらを見ている。
自分はどのような表情を浮かべているのだろうか。
ナタリアはやり遂げ、相棒を見殺しにし、男に恩を感じ、同時に使命を取って代わられた妬みも生まれている。
安堵、しかし苛む無力感に胸は締め付けるように苦しい。
「…………」
「…………」
静寂の中で、視線を交わす。
「……二人を、待たせている」
「そっか……」
男が逆手に持っていた刀を順手に持ち直した。
「片方の願いを聞いた後で、君はダメだとは言えないな」
「…………いざ」
決闘であり、決闘ではなかった。
技もない、駆け引きもない、ただ踏み込み突き出すだけ。
自決をナタリアは良しとしないだろう。自分の意地もこうしろと槍を構えさせた。
「…………」
「っ、ぐっ……!!」
男が刀で槍を絡め取り、弾き飛ばす。
そのあまりの勢いと、暗殺者から受けた脳震盪の影響により転んでしまう。
「…………かたじけない」
「“忠義の騎士に死後の安寧を”……」
見上げて謝罪した自分へと、務めを果たした騎士へ送るべき手向けの言葉を返した。
「私には過ぎた文言だ……」
「それを決めるのはナタリアだろ? 向こうで確かめるといい」
「…………」
自身でも頑固だと自覚しつつも無言で顔を伏せ、その時を待つ。
「いい出会いだったよ。二人によろしく」
背へと刀の切先から突き立てられた。
………
……
…
静けさに嫌な胸騒ぎを感じながら、シルクは地下空間へ踏み込んだ。
血に染まる邪悪なる礼拝堂。
視線を屍共の向こう、唯一佇む黒髪の男へ向ける。
禍々しい魔神らしきものを象った壁に掘られた巨大な彫刻の下で、足元の一風変わった死体を見下ろしていた。
暗殺者風の数多の死体と異なり、魔剣士らしき上級騎士二人……そして、聖女として有名な老婆。
複数の子供を守るように覆い被さる聖女も、血に塗れて息絶えていた。
「…………」
胸を刺す失意の痛みに、目蓋を閉じる。
(……ナタリア……不甲斐ない私をどうか許して欲しい……)
次に開いて覗いた眼には、失意が転じて戦意の鋭さを秘める。
「……私は魔王教を調べに来たんだけど……」
ただ願うしかなかったが、どうにか報われて欲しかった。
何でもいい……何か、助けになってあげたかった……。
いや、まだ一つやってやれる事がある。
「……君が、最近有名な【黒の魔王】かな?」
翡翠色に迸る魔力で片手剣を造り出し、殺意を込めて睨み付ける。
特徴は噂で聞くものと全く同じだ。
滾る怒気と殺気に場が鎮まり、濃く練り上げられた魔力に周囲がちりちりと焼ける。
やがて地に伏す屍の衣類が翡翠の炎を宿し始めるも、今回ばかりはこれくらいは必要だろう。
容貌は平凡な黒髪の人族だが、刀から感じる剣気と何より佇まいから感じる肉体能力の異常さ。
魔力の程を感じられないが噂は間違いではないと悟った。
「どちらにしろ、君を捕縛して事情を訊こうか」
フードを脱ぎ、新緑色の長髪を軽く首を振って背後へ流す。
己が深くで荒れる波を鎮め、目的を果たさんが為に凍らせる。
「……捕縛だなんて、無理をする必要はないだろ」
倒れ伏している騎士に突き立てていた黒い刀を引き抜き、僅かに身体を傾けてこちらを視認する男。
仮面を付けながら黒刀を片手にゆるりと構え、シルクもまた翡翠剣を軽く突き出して相対す。
「俺も……もう少し身体を動かしたかったところだ。そっちだってそうなんだろ?」
「私は強い。君は死ぬだろう」
「俺だって強い。だから君を殺さずに逃してあげよう」
「…………」
「聖女の関係者みたいだけど、聖女を殺したかもしれない奴を捕まえるだけでいいのか? あろうことか聖女の前で」
混沌を司るが如き魔神像とそれを崇め祭るように焚かれたキャンドルを背景に、不敵に、邪悪に笑う魔王はシルクを憤怒の闘争へと導く。
……判断が難しい。皆殺しにした可能性が非常に高いが、ナタリアは死んでいるのに
しかし騎士を殺したのはどうやら事実だ。そして王国の敵であり、様々な破壊を行なったことも。
ならばやはり……。
「…………そうかもしれない」
「遊んでやると言う奴がいるんだ。怒りをぶつける相手がいて良かったじゃないか。遠慮せずに、かかって来い」
負の面へ導くような言葉に警戒するも、やがて魔王が動き始めたのに合わせ、ゆっくりと歩み出す。
直線で距離を詰めるでもなく、弧を描くようにして互いに間合いを測る。
………………突。
「…………」
躱された。
手を抜いたつもりはなくも、魔王は半身になり完全に自分の唐突な突きを見切って躱していた。
「…………」
しかし触れてもいないのにその衣服が弾けている事に気付き、微かに驚いているようである。
刀が翡翠剣を掬うように弾き、二度だけ打ち合い、後退して間合いを一度外す。
剣の技量は、ほぼ拮抗していた。
「……驚きだ。魔の王というのも頷ける腕前だね。残念だよ、君なら優秀な探索者になっただろうに……」
質の高い魔力の剣により触れたものは弾けて焼け飛ぶ筈なのだが、平然と打ち合っている。
翡翠剣をより得意な短剣二つへと変え、本格的に打倒を試みる。
「魔王だって捨てたもんじゃない。守るのは自分のルールだけでいいからね」
飛び上がり、二階部分にあった石柱を輪切りにし……刀を刺してシルクへと投げ付ける。
「ほら、分かっただろ? 加減なんて忘れてしまえ」
「ッ――――」
♢♢♢
ワイン貯蔵庫の屋根に、一つの影あり。
衣に身を隠し、仕掛けの成り行きを見張る。
手には天秤があり、暗殺者等が消えたのをいいことに見渡せる場所に姿を現していた。
「――追い付いたと思えば、怪しげな人を見つけてしまいました」
「…………」
透き通るような声音に振り返ると、口元を隠して尚も美しいローブ姿の女がいる。
女の手には盾と短剣があり、大柄な自分を前にしても何一つ臆していない。
あまりの美しさと優美な雰囲気にほんの少しだけの躊躇を置き、やはり始末を選ぶ。
天秤を女へと翳す。
すると、天秤が青き焔を片方の皿へ灯す。
「…………」
大柄な影が僅かに動き、驚きを表した。
「それは遺物ですね。あなたが魔王とやらですか?」
能力の一つを使った以上は即死するはずの女が、未だに大して興味も無さそうにして眼前にいる。
ということは、資格があるということだ。
「お待たせしましたっ!」
敵対する女から自分を庇うような立ち位置に、遺物を与えた女が飛び込んで来た。
「……増えてしまいました」
「なに、この女……。……申し訳ありません。滅法強いジジイがいて、そいつの相手が大変で…………えっ!?」
献身的な配下の女の頭を撫でると、本人は想像もしていなかったのか驚きに固まる。
一年間、準備をするのに役に立ってくれた女を労う。
「…………や、やっと、私を――――」
生々しく、くぐもった破砕音が響く。
不明瞭なその音の原因を前にしても、女は眉間を僅かに寄せる程度だ。
「……何がしたいのですか?」
頭蓋を掴み力任せに首をへし折った女を屋根に落とし、懐を探って雄牛のオブジェを取り出す。
そして、手の平に乗せて目の前の女へと差し出した。
「何を言いたいかは分かります。仲間になれと?」
「…………」
「お断りします。私はもう主人を見つけていますから」
頷くのを待たずして、嘲笑混じりの拒絶と共に短剣へ魔力を宿す。
「…………」
「何もお話してはもらえないようなので、あなたの死体から勝手に探ることにしました。では、さようなら」
仕方なしと、女を葬る決意をした……瞬間の事である。
瞬きの間に、翡翠の魔力光が地面を盛り上げる。
直後、右手側の地面が噴火を思わせる爆発を起こす。
「…………」
「くっ……!」
爆ぜる地を押し除ける二つの人影が、月明かりの元に降り立った。
一人はシルク、もう一人は……仮面の男。
幾度かの接触を経て尚も翡翠を退け、葡萄園中央にまで飛び退いた。
「……剣の業をここに……」
短剣から変えたシルクの翡翠剣が、著しい輝きを放ち始める。
やがて剣身が解けていき、無数の糸のようなものが流れて伸びていく。
人の形をした災害と例えられることもある赤月級。しかし今は、裁きを下す妖精王が如く。
「――――」
対する男は、足元より闇色の魔力を漂わせて己が領域を作り出す。
どこまでも、どこまでも、どこまでも広がる黒の領域を、雲海の如く……。
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