第17話、ナタリアの答え
「っ……ひ……ぃぃ……」
呼吸が掠れる。
ここに来て意識が急速に遠のくのを感じる。
上半身が異様に重い。ほとんど子供に覆い被さりながらの治癒だ。
だが不幸中の幸いか、ズキズキと痛んでいた腹部の感覚はもうない。
お陰で二人目も終え、最後……自分の最後の患者へ取り掛かる。
腕で這いずり、少しだけ移動して開始する。
「はぁ……はぁ……っ――――」
酷くか弱く光る魔力を当て、微かな不安を感じて大騒ぎする戦闘へ目をやる。
それが視界に入った時、一度呼吸が止まった。
一人の男へと変則的で軽快な凄まじい動きをした影が、殺到していた。
くるくると独楽の如く地面と平行に回る蹴り技や、仕込んだ暗器による素早い技が男を強襲する。
見切れる範囲を逸脱する古の暗殺術が、今のこの時だけでも七つ繰り出されていた。
「――――」
斬り伏せる。
無感情に殺到する影を、ただそれ等を上回り無慈悲に斬り伏せる。
巧妙かつ奇妙な二連蹴りを繰り出すも、合間を見切られて容易に突き刺される。
「ッ……――――ゥッ!?」
刺し貫かれた暗殺者が捨て身の技で身体から黒刀を抜けなくするも……ふわりと羽毛の如く刀ごと持ち上げられてしまった。
そのまま跳んで迫る暗殺者を、一人、向きを変えて二人……逆手に持ち替えて三人と、何の支障もなく軽やかに刺し続ける。
そして刃渡りが埋まると、次なる者は攻め手を避けて腰元の衣服を掴み
「ッ――――」
視界から消える程の、目にも止まらない速度で投げ飛ばしてしまう。
鍛え上げられた人間を左腕のみで何の気もなく放り捨てただけにしてはあまりに不相応な結果だ。
襲撃の気を見計らっていた者が不意を突かれ、巻き込まれて壁に纏めて打ち付けられる。
ぐにゃりと、全身を砕かれて軟体動物を思わせる様で壁からずり落ちる……。
「――――」
刀を暗殺者等の列から力尽くで引き抜き、多方面より絶え間なく仕向けられる刃を捌きながらまた蹂躙を繰り返す。
凄腕の暗殺者集団であろうと、一人だけ明らかに異次元にあった。
憂慮や危惧することは烏滸がましいとすら思えた。
その者がここまで本気になっている。だからこそ……なんの憂いもなく治癒に専念する。
「……はぁ……はぁっ……」
目を瞑り、寒気に震える手先で子供の手を取り祈るように照らす。
『……ナタリア、私達聖女の後には命が残る。失われるはずだった命が繋がり、次の世代に、そしてその次も守ることになる。どれだけの人を救っているか考えてごらんなさい。素敵だと思わない……?』
気休めの言葉であった。
幼き頃は毎日……いや、時間が空けばナターシャの膝で泣いていた。憐れむナターシャは事ある毎にこう説き、ナタリアを慰めた。
自身も目に隈を作り、滲む疲労感を隠せずにいたのに。
幼少期には、頑張ればきっと自由になれるだろう、全ての半刻病を癒せば解き放たれる……そう考えて懸命に力を使っていた。
しかしそれが有り得ないと気付いた時に、ナターシャの疲労の意味に気付いた時に、聖女の能力は“呪い”なのだと知る。
それでも慰めを口にするナターシャも、若くしてナタリアを残して死んでしまう。
無責任な説教のみを置いて先立ってしまう。
それから何十年経ってか、ナタリアはある時ある信念を掲げる。
逃れられない運命ならば、やり切った上で吐き捨ててやろう。あの世でナターシャに現世に残した“生き様”達を見せて、怒鳴り付けてやろう。
(あんたら、いっぱい恋をしな。勉強も、遊びも、愛も酒も飯も。なんだっていい。なんでも平げな。このナタリア様が治してやんだから、精々楽しむといいさ)
癒した者のひ孫に会ったこともある。何故だろうか。乗り越えた筈なのに、涙が溢れてしまった。だからこそ二度同じ場所への訪問は避けていた。
それでも貫いて来た聖女の生を、いま終えようとしている。
途絶えつつある意識を表しているのか、魔力の光が明滅を始める。
(あぁ、ナターシャ様……。あたしの“生き様”達は、あなたよりずっと多いですよ……よくできたでしょう? だから、今なら、偉そうに言わしてもらうよ……)
聖女として癒していけば、素敵だと思える日がきっと来る。
そう説いたナターシャへ、公国史上最高の聖女は告げる。
(……こんな生き方、やっぱり……クソ、ったれ……だよ……)
口汚く悪態を吐く心中の言葉に反し、顔色の晴れていく子供を慈しみの眼差しで見守る。
聖母の面持ちで頭を撫で……脱力のままに覆い被さる。
「ぁぁ……とても、つかれまし……た………………」
温もりが懐かしく、ナターシャの膝を思い出す。
そして――――――
………
……
…
四方より飛び掛かる暗殺者達四人を、黒い魔力を薄く解き放ち、一時的に硬直させる。
直後、回旋の薙ぎ払い。
螺旋の軌道を辿った斬撃により指示を出していた一人を残して、全ての暗殺者を叩き伏せた。
そこで一度、ナタリアへ視線を向ける。
「……ナタリア……」
事切れていた。
死して尚も手には淡い魔力が燻り、少しの油断もなく子の病魔を浄化していた。
「…………ッ――――――」
胸に溢れる感情を込め、振り向いて閃きの速度で踏み込む。
静かなる一太刀。
逃亡を図ろうとしていた暗殺隊の長を、背から容赦なく袈裟懸けに両断した。
二つに崩れて果てる暗殺者に構わず刀を逆手に、ナタリアの元へと歩む。
辿り着くと静かに瞑目し、祈りを捧げる。
労い、敬意、親愛……。
精一杯の祈りを、ナタリアへと捧げる……。
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