第15話、最初で最後の救い

 

 ナタリアの横腹に突き刺さる矛先。


「カッ……く……」


 ほぼ同時に、


「――ガァ、ッ………………」


 三人の暗殺者に方々から急所を突き刺され、キシムが倒れる。


 古より続く暗殺術により、即死であった。


「ぅぅ……ぅ……」


 穂先から伝わる弱々しくなる生命の感触を受け、ゴーエンは口を開いた。


「……助かる見込みのない傷を与えました。暗殺者の元になど渡せません。ですが、天からの迎えが来たるその時まで、治癒をお続けください」

「っ……ぅ、すまないねぇ」

「……謝る必要など何処にもありません。これが、使命です」


 恩人を刺した槍を抜き、一際強く握り締める。



 ♢♢♢



 夜風を追い越し疾走するラコンザとシルク。


「……だからこそ、とは?」

「聖女の護衛はある役目も兼ねている。少し前……人間でいうとかなり昔になるけれど、公国の聖女が盗賊団に拐われたことがあるんだ」


 聖女の護衛騎士について焦燥感に駆られるシルクの顔は真剣そのものだ。


「情報目的なのか、莫大な富を生む聖女の能力目当てなのか分からないけど、公国は本気で軍を動かした。それに恐れをなした盗賊団によって……二週間後、無惨な状態の死体となって発見された」


 腹いせなのか尋問目的なのか酷い暴行を加えられ、死よりも辛いであろう拷問を受けた後であった。


 聖女が他国へ寝返る監視目的も兼ねる護衛騎士だったが、その時より更に一つ最重要の使命が加わる。


「護衛騎士は……他勢力の手に聖女が落ちようとした時、その前にその手で聖女を殺すように命じられている」

「……なんという……。相手が遺物を持つものならば、その最終決定段階まで至ってしまうことは十分に有り得るでしょうな」

「二人の内、少なくともどちらかはこの事件を聞かされてその役目を担わされている。その状況になってしまえば確実に手を下せる者を選出している筈だ。絶対に間に合わせるよ」


 残酷な結末を回避しようと、更に駆ける速度を上げつつもシルクは思う。


(……公国としては他所の利益になるのなら始末しようというくらいだろう。さっきはそういうつもりで言ったわけではなかったのだけど、まさに“生きる魔道具”としか見ていない)


 聖女は生まれた時点でその国、もしくは組織の道具と化す。


 ノーマン公国は土地柄なのか、聖女が生まれ易い。他国へ貸しを作る道具としての見方がより強かった。


「……聖女と騎士自身のことなんて、まるで考えていないんだろうね……」



 ♢♢♢



 平坦な声音で、ゴーエンは倒れ伏すキシムを目にしながら言う。


「……謝るのならば私でしょう。私がもっと強ければ……」

「あんたはつよいさ……っ、聖女の最期なんて、こんなもんなんだよ……」


 そのような事はあってはならない。誰よりも立派であることをキシムと自分は知っている。


 半刻病を抱えて二十歳を過ぎ、あと少しの命だからと卑屈になって魔窟で暴れ回っていた自分にも、わざわざ出向いて癒しを与えてくれたのはナタリアだった。


 このような恩を仇で返す結果などは、あってはならなかった。


 付き添う中で聖女という存在がどれだけ辛く過酷なものであるかを目の当たりにして、生涯を捧げて支えると誓って、この様だ。


「ゴーエン……わるいのはっ……悪いのは子をさらった奴と、こいつらだよ……あんたじゃない」

「…………」


 息も絶え絶えに言う。


 情け無く、申し訳なく、返事すらできない。


「クソみたいな人生で……旅だけは、楽しかった……コフっ……ぁ、ありがとうね」

「ッ…………」


 嘘だ。本来、ナタリアは旅も慌ただしいのも嫌いだ。旅先でもホテルに籠る事がほとんどで、買い出しと言って自分達に観光はさせても自身は動かなかった。


 服飾に興味があったのだと思う。宿や馬車の窓から、街行く者等の装いを眺めている時間が多かった。国の規定で自分は変装ですら地味なもので、それ以外は聖女の正装のみ。


 それは護衛騎士も同じで、いつも申し訳ないと自分達に告げていた。


 我が儘ばかりと勘違いされがちだったが、いつも気にかけるのは自分達のことばかり。


「…………」


 弱々しくもあの頃から同じく優しいナタリア。この期に及んで、刺した自分へ配慮している。


 ならば最早、応える方法はただ一つ。


「短い間でしょうが、私が時間を稼ぎます……」


 何をしているのかと聖女を刺した自分を窺い、互いに視線を交わす暗殺者等を見据える。


「……ありがとうございました、ナタリア様」


 力強い礼を残し、ゴーエンは槍を握り暗殺者達へと歩む。


「……“天秤の男”はどこだ」

「知らん。知っていようがアサシン如きに渡すものなどない」

「…………」


 それなら殺すのみとした暗殺者とゴーエンの戦闘が始まる。


「……はぁ……はぁ……」


 鈍化の槍と失われていく血により、ナタリアの感覚が加速度的に鈍くなっていく。


 治癒の魔力が手に灯っているのかすら曖昧で、霞がかかる視界の仄かな光を頼りに子供を癒していく。


 何秒か、何十秒か……何分か経ったのかもしれない……。


 大きな物音がした。


 口元の血を拭い左手側に視線をやると、ゴーエンらしき影が壁にもたれかかっているのが見える。


 そして数人がゴーエンとこちらへ歩む様な光景が。


 ゴーエンのお陰で一人は癒せたが、あと二人なのに……。


「っ…………何者だ」


 暗殺者の低い声。


 一瞬だけ外した視線を、再度その方へ向ける。


「……何者にしようか。黒騎士でも魔王でも、何でもいい。ただ……」


 蝋燭の火を受けた黒刀の艶が、目に入った。


「……何にしても、俺は彼女の味方だ」


 黒髪の男が、自分を背にして立ちはだかっていた。


 聖女としての人生をやり通そうというナタリアにとって、最初にして最後の……救いであった。

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