第14話、騎士の義務

 

 ワイン貯蔵庫を拠点とした魔王教の情報を聞き、聖女一行はすぐさま行動を開始した。


 何故か。


 周辺からやって来た半刻病の者等の中でも子供達の一部が、魔王教に拐われてしまったからであった。


 遺物持ちということもあり、他の者等は迂闊に動くつもりがなかったからだ。


「……ナタリア様、私はやはり反対です。直ぐに引き返すべきだ」

「なんだ、まだ言ってんのかい……」

「行くにしても……黒騎士殿を待つべきです」


 夜の闇を行く馬車の中でも難しい顔付きをするゴーエンと、煙草たばこを蒸すナタリアの口論は止まない。


「あんた、半刻病はいつ死ぬか分からないんだ。子供と言えどもだ。あとどのくらいで来るか定かじゃないあいつを待つなんてできゃしないね。予定が変わって明後日になるかもしれないじゃないか」

「それは……」

「あれもあれで多忙だろうに、あてにし過ぎじゃないかい? こっちも予定なんか変えられやしない。明日の午後にはまた都市を出なきゃならないだろ? 救出だのなんだの、間に合うか分からないもんを待てやしないね」


 あの強さを見れば仕方ないだろうと密かに嘆息するも、やがてゴーエンも不満を押し殺して心を決める。


「冷える夜だというのに、また無理をするのだから……」

「ハッハ、小言が始まっちまったねぇ」


 ナタリアを置いて自分達だけで向かう。これも有り得ない以上、他に良案はない。


「俺等で守ればいいさ。そうやって来ただろ?」

「楽観的だな、キシム。その癖、ナタリア様より遺物に震えていたではないか」

「い、いやっ、備えてたっていうんすよアレはっ!」


 救助に向かうことに賛成で、気も楽にしていたキシムが思わぬ反撃に遭う。


「アッハッハッハ!! なぁに、ゴーエンと守りの堅いあんたで一気にやっつけちまえばいいのさ! 今回はもう領主館からの情報で遺物の能力には調べが付いてんだからねぇ!」


 これまでも同様の事態はあった。ゴーエン頼みの時もあったが、それでも乗り越えて来た。


「……“生き様”を残す……。予定は変えられないよ……あたしの心臓もあと何度動くか分かったもんじゃないんだから……」


 ぽつりと軽く吹き消えそうな声量で呟いた。


 一人でも多くの病を癒し、命を繋ぎ、その者は子を育み、また次の子が……。


『――ナタリア、私達聖女の後には命が残る。失われるはずだった命が繋がり、次の世代に、そしてその次も守ることになる。どれだけの人を救っているか考えてごらんなさい。素敵だと思わない?』


 同じ聖女であった先輩が、よく幼きナタリアへ説いた言葉だ。


「……ナターシャ様……」


 ナタリアは、ノーマン公国史上最多の治癒人数を誇る聖女である。


「――素敵だなんて……少しも思えやしないね」


 憎々しげに吐き捨て、あの頃と同じ答えを夜空へ返した。



 ………


 ……


 …






 屋敷の戸は外れており、人の出入りの痕跡を発見した地下のワイン蔵へ直ぐに侵入することとした。


 盾と鎖付き鉄球フレイルを装備するキシムを先頭に進み、薄暗い中をカンテラを照らして調査する。


 探索者の出であるゴーエンはしゃがみ込み形跡を辿り、そう間を置かずして更なる下層への入り口を発見した。


 湿気のある……以前に通過を余儀なくされた鍾乳洞を彷彿させる通路を降りた先は、異様な光景であった。


 まるで教会。


 しかし最奥に魔神……いや魔王の彫刻、その足元に贄の如く捧げられた気絶した子供達が、邪悪な場であることを如実に物語っていた。


 そしてもう一つ、中央にただ一人いたのは――


「――やってらんねぇよ、チキショウっ!!」


 とある商家で雇われていた執事歴二十九年目の男であった。


 眼鏡に腹の出た体型、典型的な不摂生な中年男性といった容姿。


 しかし現在は異形。床より突き出た巨大な岩の上半身の顔面部分にその男は埋まっていた。


『遺物・憤像ニオ』。


 地面などから取り込んだ物質により強度や柔軟性が変わるものの、使い手を選べばその潜在能力は計り知れない。


「あの女っ、“ハゲて来たからクビ”ってどういう事だコラァ!! ハゲが罪深いって、どういう教育受けたんだオラァ!!」


 潔癖症で完璧主義の令嬢に解雇され、その怒りは未だに燃え上がっていた。


 勧誘して来た者から譲られた遺物にて、商家を惨殺して尚も昂ぶっていた。


「ターナー、お茶っ。ターナー、臭い。ターナー、邪魔。ターナー、キモちわるっ。ターナー、ターナー、ターナー……おっさん、おかしくなるわぁぁ!!」


 いや、根本に眠っていた狂気が解き放たれたと言うべきか。


「あげくクビだ…………世話になった礼に臓物でブーケ作って飾っといてやったわ!! あいつの腹ワタだけどなぁ!!」


 “人体が著しく壊れる様を目にしたい”、そのような猟奇的極まる欲望は理性という杭が外れて花開いた。


「っ、だからテメェもっ……!!」

「――――」


 掴みかかり、殴りかかり、


「いぃヤヤヤヤヤヤヤヤ!!」


 幼児のように拳を出鱈目に振り下ろすも、ゴーエンには掠りもしない。


 探索者であった経験から、魔物などの比較的大きな敵との戦闘はお手の物。魔槍の感覚鈍化の能力は効果が見込めないものの、相性は良しと言えた。


「っ……どうするか。明らかにあそこしか狙えないが……」


 だが硬い。そしてウィークポイントであろう像の額部分にある本体も高い。


 こちらを般若の如き表情で見下ろしているところを見ればその怒りは自分に向けられている。


「ゴーエンさん、大丈夫か?」

「キシムはナタリア様のお側を離れるな」


 これが今、背後で子供を治療しているナタリアに向けられる恐れを考えるなら、積極的に倒したい。


「ターナァァ……ナッコォォォォ!! ……っ!?」


 それが可能にできるのが、一流たる紫山級である。


 振り下ろされた岩の拳に飛び乗り、腕伝いに駆け抜け――


「――――っ!?」


 肩口まで足をかけていたゴーエンが、突然に飛来したダガーを槍で弾き、飛び退いた。


「ご、ゴーエンさんっ!!」

「くっ……!!」


 ゴーエンをして鋭く、的確に首元へ突き刺さる軌道の投擲だ。


 着地したゴーエンが見たのは、


「オワァァ!?」

「…………」


 像をするすると登る暗殺者アサシンらしき影。察したターナーが暴れ回るも、信じられない身のこなしで額へと至り、


「が、カッ……カガッ……!?」


 長い針のようなもので、喉を抉り回した……。


 針を引き抜きすかさず飛び降り、像が泥水を思わせる様で溶けていくのも構わずゴーエン等を見る。


 無骨な仮面から覗く不気味な程に感情なき瞳。熟練の暗殺者は完全に情を消す術を習得しているとされるが、まさに暗殺する為だけに作られた人形を前にしているようであった。


「…………」

「遺物持ちを、瞬殺か……」


 今、分かるのはこの者は味方でなく、魔王教に取って代わったのか、別勢力なのか、どちらにせよ自分達もその刃にかけようとしていること。


 暗殺者は証拠や目撃者を決して残さない。


「あんたらっ、ぼーっとするんじゃないよ!! 気ぃ引き締めな!! 怪我しちまうよ!!」


 背にあるナタリアからの叱咤激励。いつものことながら、なんと力強いことか。


「っ……そうっすわ。なんか訳分からない状況だけど、今度は二人でやらないと」

「あぁ、かなりのやり手だ。油断をせずに、キシムは守りを中心に、し、て…………」


 二人、三人…………四人、五人と、暗殺者が降りてくる。


 動きを見た上で一人ならばゴーエンは倒せると感じ取っていた。


「…………」


 ゴーエンが強く目を閉じる。


 暗殺者集団・・となると、心を決めねばならない。切り替えねばならない。


 騎士は最期まで騎士であるべき。その使命は果たさねばならない。


 ナタリアに病を癒された過去もあり、聖女付き護衛騎士となったゴーエンとキシム。


「……ゴーエンさん、俺が前に出た方がいいか?」

「…………」

「おいっ、ゴーエンさん!! 聞いてるのかっ、しっかりしろっ!!」

「……あぁ、頼む。俺も……すぐにゆく」


 仲間の窮地に開眼したゴーエンに、迷いはない。


「集中するんだよ!? 熱くなっちゃ相手の思う壺だからね!!」


 半数の三人を超えて治癒する間にも、ナタリアの檄が飛ぶ。何か薬を使われたのか子供は一向に目覚めないが、治癒を終えて何人か目を覚ませば逃げる方向で動けるかもしれないと急ぐ。


「おっし、じゃあ…………行くぜっ!!」


 緊迫感に汗を多量に流すキシムが呼吸を整え、踏み出した。


「――――」


 真っ直ぐに前を睨むゴーエンも細く長い槍をくるりと華麗に回す。


 キシムの背を見送りながら、一回転半。


「オオオオオオッ!!」


 盾が暗殺者の跳び蹴りを受け、返す鎖付き鉄球が空振る。


「まだまだァァアア!!」


 怒声を放ち、己を奮い立たせるキシム。


 ゴーエンは槍を逆手に握り締め、




「ッ――――」




 背後の……ナタリアへと突き刺した。

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