第13話、何かの骨から造った指輪

 

 ガタガタと緩やかな斜面を行く一台の馬車。他に見当たる人影や馬車はない。


 虫の声がやけに騒がしく、寄り道をした影響もあって夜遅くの道中であった。


「し、シルクさまは……女、ですよね? そう言ってくだせぇ。でないと俺、頭が…………いやでも男でもいいかも」

「う、う〜ん、どうだろうね……」


 やたらとシルクを慕い始めたティー少年とラコンザを乗せ、先を急ぐ一行。


「……おら、ティー!! シルク様に失礼のないようにな!! アクシー家の恥になんぞ!!」

「分かってらぁ、親父!! シルクさまが退屈しないようにしてんだ!!」


 かのシルクを乗せているだけに盗賊だろうと何だろうとお構いなしと威勢よく運転するティーの父親。


「しかしマジで親父の野郎、シルク様と知り合いだったんか……。流石に大嘘だと思ってたぜ……」


 子供の頃より父、ティーにとっては祖父ロドリゲスの自慢話のほとんどはシルクを乗せたことであった。


 二日の道程で、作った料理も美味しいとの言葉をいただいたなどとよく嘯いていた……筈であったのだが。


「かぁ〜〜っ、凄かったなぁ……。……それが噂に聞く遺物っすかっ?」

「うん、そうだよ。遥か昔のとある種族の英雄から造られたと言われている。能力としては単純極まりない物だけど、私との相性がとても良い」


 自分のほっそりした中指にある指輪を見せて、惜しまず説明する。


「魔力を物質化する、それだけなんだ」

「……なるほどなぁ」

「えっと……魔力で物を作れるんだ。例えば矢とか短剣とか、剣とかね」

「なるほどぉ!!」


 説明と昼間目にした景色とで、ティーは理解したようだ。


「ほっほ、調子の良い子だわぃ。……シルク様、昼に仰られた知り得ない遺物の心当たりというのは、お訊きしても宜しいのですかな?」


 魔王教を名乗る団体の未知なる遺物、ラコンザはその危険性を重く見ているシルクの真意を尋ねる。


「うん、勿論だ。と言っても、どう話そうか…………私の記憶にない遺物というのはあまりない。それは分かる?」

「蔵に隠す物でもありませんからな。世に出て騒ぎになるのが殆どで、儂ですら何度も耳にしました。シルク様ならば言わずもがな。ただ……」

「無い訳ではない。分かるよ。あまりなくとも、遺跡に眠っていただとかそこにあったけど遺物とは思わなかったなんて話は聞く」


 それでもシルクは情報を集め、この夜深くに魔王教の拠点へわざわざ赴いている。


「……魔道具と遺物の違いが何かは分かるかい?」

「遺物の方が強いんだっ! そんなの誰でも知ってるぜ!」


 難しい話に入れないでいたティーが、簡単な質問に嬉々として答えた。


「巷ではそう言われているらしいね。残念だけど、そうではないんだ」

「確か……“生きている”かどうか、でしたか?」

「それも厳密に言えば違う。生きていると言える魔道具もあるんだ」


 ラコンザですら満点とはいかない答えをシルクが示す。


「主に神話や太古の時代に生きた者達を元に、『遺物職人レガリア・メーカー』等が造り出した物が遺物とされている」

「…………」


 全く聞き覚えのない『遺物職人レガリア・メーカー』なる者達に、ラコンザの眉根が寄る。


「私も大昔に先達から聞いた話だ。『遺物職人レガリア・メーカー』は一族の名前で、本当にいるのか、どんな者達なのか全く判明していない。誰も知らない」


 しかし遺物は確かに存在する。道具の形を成して、確かに誰かの手により造り出されている。


「先達は言っていた。彼等は今も生きていると……遺物という芸術を造る為に今も何処かで息を潜めていると」


 そしてここからがシルクの懸念に繋がる。


「ただ彼等にも“掟”がある。破られてはならない、至って当然の掟が……」

「もしや、私情を挟まない、世に干渉しない、正体を悟られない……辺りですかな」

「君は物分かりがいいね。概ねその通りだ」


 遺物などという常識破りの兵器を造れる者等は、当然に狙われる。


 伝え聞く限りで、正体がまるで分からない点からもそのような鉄の掟があるのは明らかであった。


 真に存在するのならば……。


「私が案じているのは、彼等が表に出て来る事だ。新しい遺物を作り、それを使って己が意思で表舞台に干渉を始めることなんだ」

「国々が動きますな……大騒ぎになりますぞ」

「うん、どこかの国に高位の遺物を渡そうものならバランスが崩れることだってある。戦争も起きる」


 瞑目して汗を滲ませるラコンザに、シルクは穏やかな声音で説く。


「本当に小さな、限りなく無に近い可能性だよ? これまでも何度かこのような事が起きたけれど、どれも眠っていた遺物だとかの類だった」

「それでも向かわない訳にはいかない……と。ふむ、これからはこの爺いも力を貸しますぞ。腕が鳴り血が滾るわ」


 魔王教に遺物を渡した者の特定。やっとラコンザの理解もシルクへ追い付く。


 それなりの危機を想定していたのだが、先程までとは危機感が断然に違っていた。


「小僧……一応頭を空っぽにしておけ? 今の話は聞かんかったことにするのだ」

「いいのではないかな。これを知っている人族は他にもいたからね」

「……爺いになって、他の人間が知るようなこのような重大事項を知らなんだとは。不勉強なり……」


 頭にどこまでも疑問符を浮かべるティーと、落ち込むラコンザにシルクも苦笑を浮かべた。


「な〜んか後ろは楽しそうにしてんなぁ…………ん?」


 ティーの父が馬を走らせながら退屈そうに呟くと、すぐに道の向こうから一台の馬車が向かって来るのを見付ける。


 やがて馬車は速度を緩め、こちらと接触を図る意図を見せる。


 賊ではないだろう。乗っているのは見たところ一人きりで身なりもきちんとしているし、周りに襲撃担当の仲間が隠れる陰もない。


「……どうした? なんか困りごとか?」

「いや違う。あんた達も直ぐに引き返すんだ。ここから先は危ないらしい」

「……山賊か?」

「ん〜、私もよく分からないんだが、近くにいては危険だとかで直ぐに帰るよう忠告を受けたんだよ」


 シルクやラコンザが聞き耳を立てる中での、運転手同士の会話。


「それは……あんた、なんか騙されてんじゃないか?」

「まぁ確かに馬は一頭置いて来たが……聖女・・様だそうだしなぁ」

「っ……!!」


 予想だにしないその言葉を受け、二人は馬車から飛び出した。


「……どういう事か、詳しく教えてもらえないかい?」

「えっ、エルフさん……?」


 運転手の話では聖女を名乗る老婆と護衛らしき男を連れて、先の葡萄園があった場所まで送った帰りらしい。


 危険があるやもと聞いてはいたが、自分も軍の出身で腕利きであったのと報酬の額を聞いて飛び付いたのだという。


 すると帰り道に一般人らしき運送馬車を見かけたので、忠告をとの事であった。


「なんだか言い争ってて……子供がどうの、行くべきではないだとか……」

「護衛が二人……いたんだね?」

「あ、あぁ、それは間違いない」


 返答を聞くなり、シルクはすぐに行動を起こした。


「ここまででいいよ。この人も腕が立つから共に近くの街まで連れて行ってもらって?」

「え、シルク様!?」

「こんなに……ん? シルク……?」


 運転手二人に高額の料金を払い、自身は駆け出そうとする。


「シルクさまっ!!」

「ティー、ここまでありがとう。また機会があればお話ししよう」

「わ、忘れないでおくれよ! 機会は作るもんだぜ!!」

「…………そうだね。まさにその通りだ」


 ロドリゲス然り、何度目だろうか。再び気付かされ、シルクは今度こそはと駆け出した。


「……シルク様、護衛二人程度では遺物と戦えませんか?」

「どうだろう、どちらも実力によるだろうね。遺物も対象によって効果が変わるものもあるから」


 共に風を追い越して駆け抜ける中で、ラコンザは自分が着いて行ける範囲限界のそのスピードからシルクの焦りを察していた。


「急がなければね」

「聖女の護衛は信頼できると耳にしたことがありますが……」

「うん…………だからこそだ」

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