第12話、ハンモックに寝かせられる魔王
翡翠の魔力が平原を撫で、巨木の怪異エントを尽く葬る。
「ひ、ひぇぇ……」
「ふむ、これはまた……見事な……」
人の形をした災害が如き力に慄く背後の二人を他所に、
「……違ったか」
鋭利な視線が向いたのは東の方角。
しかし岩裏に潜んでいた怪しい二人組の気配は動かない。
特に自分から隠れる素振りもない。
このエント事件の関係者だとして、武力的示威や罠などの警戒の意味も含めて念の為に一撃で葬ったのだが、必要なかったようだ。
偶然に通りかかり、ここにいたエントから身を隠していたに違いない。
(申し訳ないことをしてしまった。酷く驚いているようだ。…………あ、謝った方がいいだろうか……)
謝罪すべきどうか悩む中でも顔を隠していない男の方の驚き方は、あまりにも絵に描いたようで……。
「…………………………ふふっ」
失礼だと我慢するも視力が余程いいのだろうかこちらを向き、目が合ったように感じてしまいついに笑いを吹き出してしまう。
♢♢♢
「――えっ!? ウソっ、嘘でしょ!? 嘘だと言って!? あの人こんな驚かせといて笑ってやがるっ!! なんちゅう奴だよ!! 文句言ってやる!!」
信じられないことに向こうぅぅ……の方にいるエルフっぽい人の仕業らしいんだけど、確実に俺を見て笑った。
身なりには気を付けているし、笑われる筋合いなんかありゃしない。
「お待ちください。私にいい考えがあります」
「……流石だよ、感心し過ぎて落ち着いちゃった。本当に頼りになるね、セレスは」
セレスも上司が馬鹿にされて腹に据えかねたものがあったのだろう。
真面目な顔付きでその頭脳を発揮している。あの人もお気の毒さま。説教されて落ち込んじゃうかも。
「おほん……それでどうするのかな?」
「はい、それではまずこちらへ」
「よし分かった」
自然に腕を絡めて例の人達とは逆の方へ俺を連れて行く。
「………………………………ん、あの」
「……? 何か?」
「いや…………何でもない」
え、何急に……? みたいな顔をされて押し黙ってしまう。
「お仕事が早く終わって良かったですね。こうして平穏に歩くだけのことがこんなに幸福に思えるだなんて……これまで知りませんでした」
「いいもんだよね、普段とは違う道をただ歩くって言うのも。あのよく分からん鳥も気持ち良さそうに飛んでるよ…………ところでさ」
「次のお仕事は夜になります。訪問先の領主が忙しいのだそうです」
「そ、そっか……」
何気ない談話もして和みつつ、てくてくと歩いていく。
やがて近くに作っておいた昼食を取るためのキャンプ場へと帰って来てしまう。
終いにはいい感じに並ぶ木と木に繋いどいた木陰のハンモックに寝かせられる。
「それでは暫くお待ちください。お寛ぎになられている間に、私が絶妙な焼き加減で仕上げてご覧にいれます」
「えっ、ちょっと……それ焼き始めたら焼き肉パーティーが始まってしまうよ……?」
俺の愛用七輪で下拵えしておいた牛タンを焼こうとするセレスへ、辛抱に辛抱を重ねた末についに訊ねてしまう。
レモンまで用意しちゃってるし。
「それ乗っけたらもう後戻りできないよ? 終わるまで止まれる気がしないもの……」
「そうですね、では」
「あ……」
鍛治の師匠に発注して作ってもらったトングを使い、網戸に厚切り牛タンを乗っけてしまう。
じゅ〜言ってるわ。
「……いい考えってのは? あの人の無礼になんか言わないと……」
「早く終わったので素早く拠点に戻り、それだけ二人の時間を長く取る。……いい考え以外の何ものでもありません」
「は、謀ったな!?」
ハンモックを反動を付けて飛び上がり離脱。
叛逆の意思を敏感に感じ取った俺は、即座に澄ましたセレスを弾劾する。
「この、一言言ってやらないとって気分はどうしてくれるっ……! エリカ姫を見習うとかどうたら言い出した時から、あっこの娘そろそろやるな……って思ってたけど案の定だったわ」
「…………」
チラリと焼き面を見て焼き加減まで確認する余裕まで見せるセレスに、ここぞとばかりに厳しく言い募る。
「我が組織は俺の意志を最優先にするもの。これはもう組織の理念で基本だよ、初心者かっ。仮免気分でいられても困る! 言っとくけどね、こんなんどこの悪の組織でも言ってることだから!! ウチが特別とかそんなんじゃないからぁ!!」
「あれは紛れもなく【翡翠弓】シルクです」
牛タンを裏返すセレスが、淡々と語り始めた。
「シルクならば風詠みの力により私達のことを察知していた筈です。だからこそあのような力を示す真似をしたのでしょう。まさかあれ程とは……。あまり近くに接近すれば、顔や姿をより正確に把握されます。三つ目の王の依頼もありますし、私も共にいる事や今後の活動に影響が出る恐れなどを考慮すれば、即時撤退が最善と考えました。熱くなられているご様子でしたので、いち早く脱出できる道を意図的に選んだ事実は認めます」
…………。
「………………うん、あのぉ、一口目はセレスが食べたら? きっと美味しいよ? 肉屋のおっちゃんも自慢げに言ってたもん」
「いえ、遠慮しておきます」
ハンカチでかいてもいない汗を拭いてあげつつ、部下の鑑であるセレスを労う。肌キレ〜。
「歩きながらでも言ってくれれば良かったのに。ほんのちょっと口が悪くなっちゃったじゃん……」
「これはこれで良かったのかもしれません。未だに私が完全に信用されていない事実を知れました」
「違う違う違う違うっ!! 本心じゃないからあんなもんっ。たまに制御できなくなるのよ、自分の口を。勝手に開く時があるのよ」
焦ってよく分からないことを言い、拗ねるセレスを懸命に宥める。
「……ごめんっ! 謝るよ。いつもお世話になってるのに疑って悪かったなって反省してます」
「謝罪の必要はありません」
「いやそうもいかない。過ちは認めないと。流石に悪い――」
ばっちりの焼き加減で木皿に乗せた牛タンをお披露目して、擦り寄って来たセレスは愉しげに言う。
「何故なら、先程の“やっべ言い過ぎちゃった。ど、どうしよう……”というクロノ様の焦り顔を見たいという願望も秘めていたからです」
ほんのり頬なんかも染めちゃって、企んだ一連の流れをしっかりエンジョイしてらっしゃる。
「あぁ、なるほどなるほど。これは……確かにエリカ姫要素が入っちゃってるな……」
「これまでと段違いに構っていただけます。もっと早くに気付くべきでした」
「あの、その頭の良さをこういうのに使うのは勿体ないよ。やめた方がいいと思う。ていうか人間界に二人もいらないのよ、あんなユニークなの」
どれだけ個性的であれば気が済むのだ、この姉妹は。
そんなこんなで甲斐甲斐しい世話をされて昼食も終え、超上機嫌のセレスとのんびり移動すること十時間。
川越え山越え、そこそこ大きな都市へとやって来た。
聖女ナタリアはおそらくホテルにいるだろう。先に領主へ挨拶したかもしれないが、支障なく予定が進んだならば日が暮れた直後くらいに到着した筈だ。
ここまで遅い時間からの治癒はない。これまで付き添って、それを知った。
手土産はどうしようか。
♢♢♢
――そして、その時が近付く。
その都市はやたらと建物が頑丈に造られていた。
街全体が要塞のようでいて、しかし人々の活気もある。
都市の規模として大きくはない上に、ここにはある程度は放っておいても問題を勝手に解決する者達がおり、幼い領主と言えどこれまで特に問題はない。
だがこれから起こるであろう問題は訳が違う。
故に、黒騎士がやって来た。
「こ、此度はっ、感謝します」
「構いません。戦力としてならば、お役に立てることもあるかと参上しました」
“アーノルト・バウ”。十歳、蜂蜜色の髪と垂れ目、少しばかり太り気味の男の子であった。
まだ正式に爵位を授与されていないが領主代行として彼は懸命と言えた。
両親を失い時を置かずして代行となり、失意や悲しみに暮れる間もなく慣れない仕事を日々こなしている。
その彼に黒騎士は心苦しくも急かすように執事から聞かされた話を確認する。
「それでまず早急にお訊ねしたいのが、先に到着した聖女が魔王教に乗り込んだというのは間違いありませんか?」
屋敷の玄関口で、黒騎士は焦りを胸に抱えていた。
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