第9話、剣と天秤

 

「いいね、凄くいいんだけど……なんかちょっぴりあっさりだったな。もっとこうこってりした…………剣を抜いて一触即発したり、洗脳する素振りで脅したり、色々パターンも考えていたのだが……残念だ」

「無駄であると分かっていたのでしょう。そのくらいを察する脳はあります」


 リッヒー・フリード伯なるお偉いさんが去った後、


「……例の山賊の遺物ですが、報告にあるように本当に使い捨てのものを使われていたのでしょうか」


 魔王的話術の代償により喉が渇いていたもんだからすぐに飲み干してしまった俺の紅茶を注いで給仕をしてくれつつ、セレスが少し低めの声音で訊ねてくる。


「それはこの目で見たから間違いないよ」

「…………」

「使う人が使えば凄く強い感じだったな、あれ……。剣技然りセレスに技パクられ放題だし、俺も遺物が欲しくなって来たよ」


 戦闘系はいらないから、もっと魔王での演出面で役立つやつ。


「あまりにお可愛らしいことを仰られると、またご褒美をいただいてしまいますよ?」


 隣に腰掛け、人差し指を唇に当てて艶やかに微笑むセレス。めちゃくちゃ機嫌がいい。


「……褒美って、そっち発信だっけ? 君が欲しいタイミングでもらえるもんだっけ」


 完全にダイエット頑張った自分へのご褒美的なシステムだ。


「私も学んだのです。エリカを見習い、自分に正直になろうかと。クロノ様はその方がお相手をしてくださるようですから」

「魔王、引退の危機だね……」


 揃って紅茶の芳醇な香りを楽しみ、それから一口味わう。


 前までは爽快に喉を潤せるなら何でもいいと思っていたが、高いお茶に拘るようになって物の違いってやつが分かるようになった。


 例えばこれ、凄く良い香りがする。産地までは分からないが、おそらくセレスのとこと同じやつだ。これホント美味いよなぁ……。


「……リッヒーが北方で経営する茶園のものですが、今年は外れ年ですね。いつもお出ししている南方の当たり年のものを持参すべきでした。申し訳ございません……」

「なに、我慢すれば飲めないこともないさ。ははっ」


 余程お気に召さなかったのか眉間に皺を寄せて目を閉じるセレスを、慈悲深い心で撫でてみる。


 ……いや、別に? いつもより渋みが強いと思ってたけど?


 なんかバカ舌って分からされた感じがするな。お返しに昨日俺がビックリしたことで驚かせてやろう。


「……昨日さ、エリカ姫がやたらと血の気が多いもんだから諫めようと思って、“気に入らない者を前にしても、グッと堪えることも必要”って説いたら、なんて返ってきたと思う? 答え聞いたらビックリするよ?」

「今、初めに頭に浮かんだのは……」


 大して考えもせずセレスティアは即座に答えた。


「……“そうだね、人目に付かない場所までの辛抱だもんね”、でしょうか」

「何で分かるの!? 姉妹揃って切り裂きジャックみたいな思考してんだけどっ!?」

「忘れない内に遺物のお話をよろしいでしょうか……」

「何その顔っ! なんで困り顔!?」


 やれやれとばかりの眼差しだ。おっそろしい考えという自覚がないのだろうか。お父さんはまともなのに。


「魔王教は問題ではありませんが、その裏にいる者は危険です。魔王教を作り、魔王と騙り、明らかに黒騎士様を誘き寄せようとしています。罠か……もしくは何かに巻き込もうとでもいうのか」

「ふむ、それで?」

「山賊は自らの手で幕を引いたそうです」


 予想だにしない報告に眉根が寄ってしまう。


「私の予想では彼は“魔王から遺物を得た”と伝えろとの命令を受けていたのだと思います。聖女を殺そうとはしていなかったようなので、攫えば黒騎士様を誘き出せるのではと考えたのでしょう」


 生への執着が強いタイプに思えたけど思い違いだったのか、もしくは……。


「どうしても情報が欲しかったので保護と引き換えにと伝えたらしいのですが、迷わず自死を選んだと聞いておりますし、つまり……」

「舐められるほど手を抜いたつもりはないんだけどね」


 つまり山賊は少なくとも今日の黒騎士よりも魔王を騙り遺物を渡した何者かの方が断然恐ろしいと判断したようだ。


「更にその者は少なくとも二つの遺物を捨て駒に与えています。目録や記録にない遺物を……」


 全くの未知の存在に、セレスもいつになく真剣な面持ちだ。


 でも俺も同じ気持ち。


「ふん……」


 テラス近くに歩み寄り、すす〜っと先んじて進んで歩んだセレスが開けてくれた扉から素敵な三日月を見上げる。


 何をこの【黒の魔王】を差し置いて暗躍してるのだろうか……直近に迫る諸々の仕事が片付いたら覚えていろ。


「……ちなみに、今日のこれでリッヒーはどうするのかな?」

「お父様が黒騎士様に出張の依頼をされたことと存じます」

「確かにされた。依頼した癖に物凄く心配して、異変を感じたら直ぐに逃げるようにって何度も念を押された」


 領地の当主が事故に遭い、残された子息が幼いこともあり様子見と問題解決の助力をとの依頼だ。


 話を聞いた感じ、俺もその子に手を貸すのもやぶさかではない。


「それに私を同行させるのはどうかと、彼は私のご機嫌取りにそう提案してくれることでしょう」

「ほぅ? …………ほ?」

「今回は得体の知れない影があるのでご一緒させていただこうかと」


 …………。


「ならん。もし許可されても断るのだ」

「…………」


 何を言うのだ、この娘は。俺は魔王。魔王は孤高、魔王は孤独、魔王はソロであるべきなのに。


 セレスから離れ、部屋の扉側にあたる暗闇に入り魔王っぽいポーズで威嚇する。


「我が【黒下六席】筆頭ともあろう者が、そんな大した理由もなしに王都を離れるなどあってはならん」

「理由ならば他にもあります」

「ふん、くだらんな。だが一応聞こうか。ホントにちゃんとした理由だったらことだからな」


 三日月の光を背にし、姿勢正しく説き伏せようとする哀れなセレスティア。


 思わず鼻で笑っちゃう。


「クロノ様はつい先日に伝説の存在を倒されました。翼の男以来、実に二度目の御力の行使であったと」

「うむ、まさかあそこまで強く殴らないといけないとは思わなかった」

「結果、荒野は消滅。お可哀想に、クロノ様は酷く落ち込んでおられました」

「そこまでではない。二、三日、アンニュイな溜め息が止まらなかった程度だ」


 大体あれは奴の溜め込んでいた高純度無尽蔵な魔力にも問題がある。言うならば共同作業だ。今回は俺だけの責任ではない。


「流石にそのような特殊なケースではお役に立てませんが、その他ならば様々な面できっとお力になれるかと。例えば戦闘に限らず、現在開発されている《黒の領域》……」


 そう言いながらセレスさんはおもむろに指先に蛍火程度の魔力の光を灯し、左手側に投げ付ける。


 何がしたいのか分からん…………と思ったのも束の間、魔力が突然に破裂してしまう。


「エリカ達の特訓を見ていたので、このくらいのことはできます。アイデアや助言くらいは見込めると自負しております」

「…………」


 目玉が飛び出そうになるくらいに目を開き、ビックリ仰天してしまう。


 投げるって、細く鋭く魔力を操る『斬』限定だと思っていた。完全に制御下から離れた後に『爆』ぜるってなに。もう完全に魔術じゃん。


「それでは……特に異論がないようなので、お分かりいただけたものと解釈します」

「……いいや全然? ていうか理由があるならセレスとペアで行動するのも楽しそうかもなってなったんだけど……」


 余裕ある優雅な表情のセレスに、隠し切れない歓喜の情が溢れていくのが見て取れる。


 だがまだ続きがある。


「……だけどその言い負かしてやったぜって顔が全く気に入らん。非常に気に入らん」


 小難しい精神攻撃で勝った気になっている満足げなセレスに、魔王として理不尽な敗北を教えてやることにした。


「私が何をしたというのでしょう。私はただ腕を組んで街を回ったり、二人で食事をしたり、手を繋いで見つめ合ったり……そのような些細な望みを叶えていただきたいだけなのです」

「真顔で言うことではない。任務のにの字も消えてしまっているではないか」


 嘆息混じりに正面から交渉を始めるセレスに、本人の言の通り妹の悪影響の気配を察する。いや慕われるのは俺だって嬉しいが、魔王が部下にやり込められるなどあってはならないのだ。


「灯し、宿し、投げ……我が魔力操作法はやがて“領域”に至る……」

「っ…………」


 新技の《黒の領域》を暗雲の如く足元から生み出し、息を呑むセレスへ更なる恐怖を与える。


「クロノスならばクロノス流のやり方で認めさせるがよい。力はくれてやった筈だ。ふっ、謎の敵なんかより前にもう一度思い知らせて留守番させてくれる」

「…………」


 小馬鹿にするように肩を竦める俺を、不満爆発のセレスが無表情でじっと見つめて来ている。


 やがて彼女の手には光が集い、『遺物・黎明の剣』が握られる。光の風が暗雲と拮抗する。


 世界一不毛な光と闇の決戦であろうとも、魔王は決して手を抜かない。




 ♢♢♢




 同時刻。


 イーシュト地方の端にある葡萄園で有名な街。


 深夜ということもあり狼の遠吠えに虫の音に、夜行のもの等が騒ぎ立てる中に二つの影があった。


 酒場の二階テラスから三日月を見上げ、フードを被る大小の対照的な者等が密かに話す。


「……何故あのようなゴミに遺物を?」


 女らしき小さき者が問うも、大柄な者は答えず黙秘して透明な酒を嗜む。


 一口……二口……。


「……最近は目を付けられたのか、賊が殺し過ぎたのか、あなたの存在を察知したのか、妙な暗殺者らしき集団に狙われていますので」

「…………」


 グラスに酒を次ぐ手が止まる。


「しかもどいつも腕利きで、この遺物がなければどうなっていたか……」


 無用心に懐からそっと……銅色の闘牛を象った置物を見せる。


 指には宝石をあしらった指輪があり、手首には金のブレスレット。爪にも鮮やかな塗料が塗られている。


 再び仕舞い込みながら小さき者は溜め息混じりに不服を告げた。


「賊風情にくれてやるくらいなら、私にいただければ黒騎士だろうと始末……しますのに」


 千鳥足の若者集団がテラスへふらふらと出て、夜風を浴びながらまだまだ飲もうと席を埋める。


 身なりは農夫そのものだ。葡萄園かどこかの屋敷の庭師か、はたまた小麦畑なのか。


 どちらにせよ酔っているとは言え、更に小声で話さねばならないのが多少面倒であった。


「……“言われたことだけを完璧に”、ですね? 当然あなたに従います。どこまでもね。例の子供達の仮拠点への移送計画も順調です」

「…………」

「あっ、支払いなら先に終わらせ……――っ!?」


 立ち上がりながら手の平へ……天秤のような物を出現させた大柄な者に、小さき者は顔を青褪める。


 天秤の吊り合う皿の一方に青い炎が灯るのを目にした時、恐怖に全身が急激に強張る。


 そして天秤が、――――傾いた。


 瞬間、背後の若者達がばたばたと倒れ込んでいく。


「…………っ」


 恐る恐る振り返ると、即死した若者達の手には暗器やダガーなどがあった。


 警戒していた筈の自分近くに、酔いを偽りいとも容易く接近した事実が一級の暗殺者であることを表していた。


「……一層、油断なきよう気を引き締めます」

「…………」


 酒場の屋内へ向かう大柄な男へそう告げ、小さき者もその背を追従する。


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