第7話、聖女ナタリア
「ガフンッッ――――!?」
絶叫する山賊の顎元に、側面に回った黒騎士が膝蹴りを食らわせ気を絶つ。
身体が打ち上げられる程の蹴りに山賊の身体は一気に崩れ落ちる。と同様に、纏う根も枯れ落ちていく。
「ぅぐっ…………っ、あ、ありがっ、ありがとうございますっ!」
「どういたしまして。怖かっただろう、よく耐えたな」
必死に目を閉じていた騎士を受け止め、ゆっくりと地面へ座らせている。
そして視線を抉り飛ばした『遺物』らしき大きな種へ。
凡そ八メートル、十時の方向に落ちたそれはみるみる小さくなっていき、すぐに生命力を失って干からびてしまう。
「…………ん? あぁ、すまない」
「い、いえそんな……光栄です……」
ずっと手を持っていたらしく、それ故か茹だってしまっていた騎士の手を離し、
「リタぁ――――――――!!」
「ぐぇっ!? ち、ちょっと邪魔しないでよ!! ロマンスの予感ハンパなかったのに!!」
「リタぁぁああ!!」
抱き合う水蓮騎士団等を尻目に近くの兵士の元へ歩んでいく。
「…………」
(…………見えない……のもあるが、何より
熟練のゴーエンをして、動きの始まりを察知できない。そして、攻撃を起こしていると気付く頃には通り抜けていた。
踏み締めた地面を微かに炸裂させ、無駄な動きもなく滑るように移動、刃の斬れ味を思わせる徒手空拳の技で肩を抉った…………のだと推察する。
「……ゴーエンさん、アレ強くないか?」
「強い……俺はやっとのことで《紫山級》だったが、彼はもしかしたら単身で《黒雲級》に至れるかもしれん」
「いや強すぎんよ、それは……」
高い程に高位とされる探索者の階級だが、超一流の紫山級に届いたゴーエンをして黒騎士は一線を画していると認めざるを得ない。
気絶した山賊の捕縛や囚われていた騎士、倒れた兵士等の後始末を手伝い、区切りが付いたところでゴーエン等の元へやって来た。
「あなた方も狙われて大変だな。馬車も直ったようだし、王都まで直ぐだ。今日は着いたらゆっくりと――」
予定は変わるが高齢なのを考慮すると休みは必要だろうとのことだろう。
しかし『しまった』といった顔付きで、ゴーエンとキシムが顔を見合わせた。
「――馬鹿言ってんじゃないよっ!! さっさと仕事終わらせて夜はパーチーで酒を呑むんだよ、あたしゃ!! 予定の変更なんてしてみなっ、あんたの“ピ――――”で、“ピ――”して豚に食わせるからねぇ!!」
「……元気な、聖女さんだな」
………
……
…
王都に着くと、聖女ナタリアは直ぐに“半刻病”という病を持つ者達が集められた施設へと赴いた。
白い聖女のローブではなく、目立たない旅装で聖女ナタリアは王都に降り立った。
二十年前に訪れた際にもこの軍事施設を利用したのか、慣れたものであった。馬車が止まった裏口から入り、案内されるがままに診療室として用意された小部屋へ。
「あ、あの……」
「さぞかし怖いのでしょうね。それではさっさと治してしまいましょうね」
慈愛の笑みを浮かべた恰幅の良い聖女に、泣き出してしまいそうな子供は安堵しているようであった。
半刻病。寿命が半分に削られてしまうと言われている病だ。
実際には分からないのだが、身体のどこかに独特の刻印が刻まれたものはある時、突然に原因不明で死してしまう。健康だろうと、若かろうともだ。
ただ四十歳まで生きたものはほとんどいない。
よって与えられた寿命が半分になったものだという言い伝えから生まれた名前であった。
「……はい、終わりましたよ」
「ぇ…………」
呆気なく終わった治療に、怯えていた子供が刻印のあった手の甲を見る。
怖くて怖くて仕方がなかったのだろう。常に包帯で隠していたようであった。
しかし僅か数秒程だけ聖女の淡い魔力を当てたそこに刻印はなく、
「……………ぅ、うぅ……ぅあぁぁああああんっ!」
失せた病魔を理解すると、震えながら泣き出してしまう。
特定の病を癒す天から選ばれた存在、それが『聖女』である。
兵士等が次の患者をと、泣く子供を誘導していく。
「……すん……」
扉から去る子供を見送る黒騎士の中から、軽く鼻を鳴らす音がするも聴こえるものはいない。
「……かぁ〜っ、あたしゃ子供が嫌いだよぉ。煩くて敵わないからねぇ」
「…………」
扉が閉まるなり黒騎士へと、うんざりといった口調で愚痴を吐いた。
「……ちょっとあんた、イライラして来たから煙草買って来な」
「え……いや断る」
「さっきのがあってゴーエン達は患者の身体調査を入念にしてんだから、あんたしかいないじゃないのさっ!」
乾いた音が鳴ったと思えば、ナタリアが黒騎士の腹を一叩きしていた。
「レディの仕事を支えようって時こそ、男の見せ所じゃないかっ! えぇ!?」
「……売ってるところを知らない」
「裏手から出て左に行って、突き当たりを右に曲がって三軒目」
「なんで知ってんの!?」
驚きを余儀なくされた黒騎士の腕を掴み、聖女は目を血走らせて言う。
「は、早く煙を吸わせなっ……それでなけりゃ代わりに肉ぅ食わせなっ……! へへっ、なんの肉でも構やしないからさぁ……!」
「この人、怖いんだけど。思いのほか怖い人なんだけど」
この後、厨房に向かう黒騎士の姿が目撃される。
♢♢♢
美しい三日月の夜。
日が落ちて直ぐ、雲はなく点々と星も瞬く頃。
リッヒー・フリード伯爵のパーティーには、国内外から名だたる貴族名家富豪が訪れていた。
正装といえど装いは様々で、色取りも多彩で様式もまるで異なる。
王国の形式は数え切れず、ターバンを巻いた小国の王子だけでも二名。変わった帽子を頭に乗せた者、単色スマートな服飾の者も多い。
「……ふむ、やれやれ。パートナー同伴と伝えてあったというのに」
「ほとんどの方が、御自身のみでの御参加となっております」
嘆息混じりに小さく呟いたリッヒーに、執事兼護衛のクリストフが反応した。
「例の魔王教の噂もあるというのに、恐れを知らんな……」
「……現状はただの小規模な宗教団体なのでは?」
恐れる程なのかというクリストフの疑問に、リッヒーは片眉を上げて苦言を呈する。
「分かってないなぁ……。あの噂が全て真実ならば、これは大問題だ。遺物の出所が出所なら……黒の魔王よりも厄介な問題だよ」
「…………」
「先程入った情報によると、更にややこしい可能性も出て来た。はてさて、どうなるのやら……」
そわそわとする客等を冷徹に見渡し、リッヒーは今後の行く末を憂い嘆息する。
強めの発光石を使用し、中央はダンスを可能とする広々としたスペース。端にはテーブルや軽食を配置してある。
超の付く一流の使用人達は慌ただしい中でも余裕と気品を忘れずに、絶え間なく酒類のグラスを配る。
「……ふむ、皆にはボーナスを考えなければなぁ。いやぁ、出費。出費だよ、クリストフ」
「受け取ったものの中から配られるのが宜しゅうございましょう」
「…………」
ホールを埋め尽くす来客。半分は招待していない者達だが、是非自分もと
すなわち、賄賂だ。
そして当日。皆、宴の開始前から屋敷に押しかけ、今か今かと童の如く焦る心を押し殺してその時を待つ。
今宵は特にそうであった。
とある噂が駆け抜けたからだ。風に乗ったのか、あっという間に国境を越えて広まっていった。
「――旦那様、殿下がおいでになられました」
「っ……そうか」
予定通りに使用人に報告させ、自分はあからさまに気を張る素振りを見せておく。
「……失礼、私は少し外の空気を吸ってくる」
するとリッヒーの後ろで談話していた一人の貴族が、輪を抜けて出口へと足を向けた。
「っ、待ちたまえ。私も行こう」
「いやいや貴殿は酒が残っている。私が共に外の空気を吸おう」
「いいやっ、私が吸うのだっ! フリード邸の庭の空気は私のものだ!」
波が通ったかのように勘付き、誰もが出口へ急ぎ始める。
「どけっ! 他国の成り金風情が!!」
「黙るがいい!! 貴様こそ我が自慢の馬車で引きずり回してやろうか!! このジャガイモ頭がっ!!」
「あなたこそ黙りなさい! 唾が雨あられのようですぞ!? 口臭チーズ男め!!」
「騒がしいぞ、発情期のゴブリンかっ!? その丸顔をトマトの如く握り潰してやろうかっ!!」
口汚く罵り合い、軍事訓練の如く封じられた出口を押し込む男達。
飛び交う罵詈雑言にリッヒーも流石に呆れ果てるばかりだが、直ぐに声質と声量任せに告げた。
「……おっほんっ!! 陛下から、セレスティア様に指の一本でも触れる者が現れるようなら直ちに送り帰すように言われているのですがねぇ!!」
「な、なに……?」
「…………」
しんと静まり、使用人達と深刻そのものの面持ちで相談を始めるリッヒーを目にする。
「……ふむ」
「いや失礼、少し熱くなってしまいました」
「ははは、よくあることです。……チーズでも如何ですか?」
「……結構」
こめかみに血管を浮かべながらも、笑顔で元の位置に戻る。
「……やはり躾をするには一度失敗させるに限る」
「楽しそうに仰ることではありません。すぐにセレスティア様が来られますよ。表情を引き締めて、慢心などせずに」
「無論だとも。いや、愚問だな。あの御方を前にして……」
……扉が開かれる。
「……少しの気の緩みも有り得ないとも」
輝きの粒子が吹き込むような錯覚を覚えた。
「――皆様、ご機嫌よう」
穢れを知らない透き通る肌、純真無垢なる無邪気な微笑。
これまでと一転して胸元と脇の側面がざっくりと開けた青の大胆なドレス。
金の髪を靡かせ、神の造形としか言えない顔立ちとスタイルで歩み入る。
「クリストフ、この間ぶりですね」
「はっ、この度はおめでとう御座います、セレスティア様。お祝いを謹んで申し上げます」
お淑やかに歩むも弾んでしまう豊かに過ぎる胸元。自然と集まる視線を避けて、クリストフへ向かい合って話しかけた。
「ありがとうございます。
「……ふむ、必要ありませんでしたな」
言葉も失い見惚れてしまう男達を回し見て、リッヒーが呟いた。
「リッヒーのことですから皆様に一度、警告をしたのでしょう?」
「はっは、流石の慧眼。本日は存分にお楽しみいただきたい次第に御座います」
「勿論そのつもりです。招待の日から……いえ、レークの街で会った時からとても楽しみにしていましたから」
「そ、それはそれは……あの時からとはまたお早い。ならば先にご報告からの方がよろしいでしょうか」
「そうですね、分かりました。では彼のお披露目が終わり次第にお話を伺います」
世に現界した女神に心奪われた者の中から、いち早く我に帰った男が挨拶を忘れる無礼を犯してまでこう問うた。
それは男達全ての思いを代弁していた。
これを確かめる為にここへ赴いたと言っても過言ではない。
「せ、セレスティア殿下……例の噂は、真にございましょうか……?」
騒めきが生まれる。
「はい、父と兄に急かされていましたが、やっと納得のお相手に承諾をいただきました」
騒めきが発狂へと変わる。
「バカなぁぁあああアアっ!!」
「嘘だっ!! 早く醒めろ俺の夢っ!! 神よ、悪夢を晴らしたまえぇぇーっ!!」
血の涙を流しかねない男達に困った笑みを浮かべるセレスティア。
何かあっても動けるようにと、クリストフが静かに気を鎮めて集中する。
「だ、誰ですか!? どこの馬の骨とも分からない輩などよりも私の方が!!」
「金ならば捨てる程ありますぞ!?」
「もしや例の使用人ではありませぬな!! なりませんぞ!!」
何故あなたの許可や意見が関係するのかと、セレスティアは仮面の下に静かな怒りを宿す。
察したリッヒー、クリストフが冷や汗を流し、急ぎ歩み出て今一度警告をと――
「――遅れたようだ」
「「っ……」」
リッヒーとクリストフは、思わず硬直してしまう。
使用人達や客人等までも、驚愕に空いた口が塞がらなかった。
「く、黒騎士……」
不動の山の如き威圧感を放つ黒鎧の男が、セレスティアの隣へ現れた。
「外に……聖女殿も来ているので、そちらをお願いする」
何故か、疲労感を滲ませて。
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