第6話、本日のスケジュールを確認しに行った男

 

「――聖女殿の馬車から遠ざけろっ!! 街道から外れたところへ誘き寄せ――――ガッ!?」


 並の実力では無駄死にさせるだけだとして、自ら勇敢に殿を務めながらも指示を飛ばしていた隊長が崩れ落ちる。


 鋭く尖った樹の枝のようなものに左胸を貫かれ、内側より無数の枝を生やされて無惨に平原へ没する。


「……た、隊長ぉぉおおおお!!」

「待てっ! 迂闊に陣形を崩すな!!」


 晴れやかな午前にあるまじき残酷な死であった。


「馬車の修理はまだか!? 早く向かわせるんだ!!」

「車輪が完全にイカれてやがる!! 倒せないのか!?」

「あぁ!? あんなのどうこうできるわけないだろっ!!」


 王都までの聖女の護衛として選ばれたのは、第十四部隊と女性だけの騎士団である水蓮騎士団。聖女の身の回りのあれこれをとの配慮からであった。


 総勢三十六名の部隊が、一人の襲撃者を前に混乱に陥っていた。


「――聖女を寄越せ、おいこらおいこら」


 陽気に口ずさむ悪臭放つ痩せた中年男性。容姿は落ちぶれた山賊そのもので、酔っているのか上半身はよろよろとしている。


「うっ、嫌っ! やめっ、て……!!」


 最も異質な点は、右肩に埋め込まれた巨大な種らしきものを起点に根を張るように衣服の上から男を包んで伸びる樹。


 左手から伸びる幾つもの根で涙を浮かべる女騎士を絡め取り、見るも悍ましい枝の動きでその身体をまさぐっている。


「いやこんくらい……この手に収まるくらいがいいのよ。でかけりゃいいってもんでねぇって……なぁ、そうだろう?」

「ひっ……」


 対人級遺物である《タンゴ樹海製怪樹マトイギ・タンゴ》を操り無理矢理に顔を寄せる男から、必死に逃れようと足掻く女騎士。


 そこら中には兵士の死体、気絶した女。明らかに男は不要、女は連れ帰ると暗に示していた。


「……キシム、このままでは王国は兵を失うばかりだ。いざとなればナタリア様を連れて密かに逃げろ」

「は? ゴーエンさんはどうするつもりなんだよ」

「ここでアレを殺さなければどこまでもナタリア様を追ってくる。俺が出なければなるまい」

「いやマジかよ……」


 待ち伏せでの一撃目で車輪を壊され、その陰で相談するノーマン公国一行。


 聖女を護る騎士二人、若めの青年キシム・ナットと元熟練探索者のゴーエン・イーガンが最終的な方針を決断した。


「ん〜〜っ、もう我慢できねぇ。終わらせるか」


 山賊の男に絡み付く樹木から、樹の魔物であるエントが飛び出していく。


「エントを産み出したのか!? やれるのは樹の棘だけじゃないのか!!」

「デカイぞ!! 火を用意しろ!!」


 高さは大人三名分はあるだろうか。葉も実も花もない、土気色の四肢ある樹であった。


 まるでゴーレムのような鈍重さを持つ怪樹が、兵等を踏み潰しながら聖女へ向かう。


「ちなみにエントこれな、自然の息づく場所ならいくらでも用意できっからよ」

「っ……」


 根の腕にある女騎士にだけ絶望感を与え、その顔を眺めて悦に浸る。


「これが可能なのが遺物よぉ。俺と来る気になったろ?」

「誰があんたなんかにっ! さっさと殺せ!! 私は死ぬまで水蓮騎士団だ!!」


 もはや女騎士は覚悟を固めていた。同志達と共に、ここを死に場所とすると。恐怖に竦む心情を涙が示しながらも気丈に。


「ゴーエンさん……!」

「出る。あとは……っ」


 ゴーエンが魔槍を手に出撃を決意したと同時に、右手の岩壁を垂直に・・・駆ける影に気付く。


 疾走するその影は、やがて黒いオーラを揺らめかせたと同時に漆黒の全身鎧を纏う。


 重量感ある鎧は見た目通りに岩壁に沈み、矢の射出を思わせる速度で真横へと飛び込んだ。


『ッ――――』


 勢い凄まじくエントの顔面を掴み、そのまま押し倒してしまう。


「――燃えろ」


 爆発する黒炎に、頭を押さえ付けられるエントが踠きながら木の体を崩壊させる。


「なんだこのヤロウわぁ……」

「――――」


 これまでと段違いの無数の枝が伸びて行き、腰元の剣を解き放つ黒騎士がそれを斬り払う。


 しかし山賊は足下から巡らせる根から無尽蔵に生命を吸い取り、育み、勢いは衰えることがない。


 ……ないのだが、黒騎士の前進も止まらない。


 斬り払う右の剣に加え、左手に滲む黒い魔力に触れる枝は滑るように軌道を変える。流れが変えられていく。


「いやめんどくせぇな、女が待ってんのに……!」

「っ…………」


 焦れた山賊が全身から枝を放出。


 大きな栗の棘程の物体と化した男から黒騎士も堪らず飛び退く。


 死角はなし。時間制限もなし。弾も尽きず、エントも無制限。


 やろうと思えば都市を制圧できるのではと危惧してしまうのも無理はないだろう。


「く、黒騎士殿っ!! よくぞおいでくださった!!」

「……これはどういうことだ? 私は王から依頼された聖女慰問の付き添いに関する予定を確認しに来ただけなのだが……」


 あちらこちらから上がる歓声とかけられる安堵の言葉に、黒騎士は戸惑い気味のようだ。


「あれが…………黒騎士」

「…………」


 キシムやゴーエンすらも目を見張る動きであった。


「……あぁ、黒騎士ね。はいはい、丁度いい・・・・……」

「っ……?」


 しかし焦燥感に駆られて然るべき状況にも全く動じない山賊の呟き。


 耳に届いたのは囚われの女騎士一人だけだ。


「……襲撃者、しかも山賊が『遺物』を持っているのか」

「もう山賊なんて呼ぶなよ。俺が魔王教に入ってすぐに、魔王様から直々にこれを渡されて[五人の子供達]っていう……なんか、そういうのになったんだからなぁ」

「……魔王?」


 兵士から説明を受け、山賊の言い分も聞いた上で余計に理解に苦しむといった黒騎士。


「いやそれよりも、何故それだけのことができるのに初めに聖女を狙わなかった」

「はぁ……?」


 理由など遺物を使いたいからに決まっている。


 こそこそと王国軍から逃げて護衛を連れていない商人を狙い、食糧や女に苦労する日々。


 それが今や、たった一人で軍を相手にできる。それどころか、これ以上であろうとも圧倒できる。このカタルシスは他に変え難い。


 誰だって我慢などせずに振るうに決まっている。


「……こんな力があるのに使わないわけがないだろうがよ。胸が滾りやがるんだ……!! 強いってだけで熱くなるっ。それで何をどこに誰に遠慮する必要があるんだ。どんな理由がある。それだけで十分だろ?」

「人の輪から外れるからだ」


 少年のような目と声音で語る山賊へ即答していた。


「自分を律する芯を失い、ただ思うがままに力を振るえば……それは獣にも劣るただの“ケダモノ”だ。人の輪からも外れてしまう」

「…………」

「影響だってある。お前の場合、ここから逃げれば多くの人員が捜索と討伐に動く。家族から離れ、そこで生き絶えることもあるかもしれない。人の一生に関わる。そして、より大きな力はより大きく影響する。……他にもあるだろうが、理由はあるだろう」


 それでも山賊は理解できないとばかりに……いや、知ったことではないとばかりに視線を鋭くして睨み付ける。


「そのっ、黒騎士様っ! リタが!!」

「あぁ、そうだな。優先すべきはあの騎士だ」


 水蓮騎士団員を手で制すると黒騎士は男の手にある女騎士へ視線を向け、指示する。


「少しだけ目を閉じているといい。すぐに終わる」

「…………は、はぃ!!」


 気休めであった。


 その言葉を信じたのはその女騎士のみだ。垣間見た希望に縋っているのは明白であった。憐れ、ただの言葉を信じて残る力で懸命に瞼を閉じている。


 状況が悪い。すぐにこの万能性のある遺物を攻略できるとは思えない。


 黒騎士優勢となっても女騎士は盾にされるか人質にされるか。山賊ならば最後に己の手でと考えるかもしれない。


「…………」


 右手を開いて指に力みを感じさせつつ、僅かに膝を曲げる……。


「《タンゴ樹海製怪樹マトイギ・タンゴ》、人の輪なんか抜けちまおうぜ……とことんな」


 その仕草に踊る心を抑えられずにニヤけた山賊も、全身から枝が立髪の如くゆらゆらと立ち上らせ、臨戦態勢の図を見せる。













 が、



 気付いた時には、



 黒騎士の背は……肩を失って皮一枚でぷらぷらと腕を揺らす山賊の向こう側に。



 激戦の予想など構わず、誰の視認も置き去りに駆け抜けていた。



 通り抜け様に右手で遺物本体らしき巨大な種を、肩ごと・・・抉り飛ばした……ようだ。


「ぁ……? ……ぉぉ嗚呼ぁぁっ、ガアアアアアアぁぁっ!!」

「……まぁ、お前には関係のない話だ。お前はもうやり過ぎた」

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