第5話、王国会議
ノーマン公国から聖女がやって来た。
その情報は王国に知れ渡るも、二十年前と違い歓迎一色とはならなかった。
魔王を刺激するのではないのか、会議をするにしても秘密裏に行うべきではないのか。
国内外から無視できる程度ではあれども批判は耳に届いたはずだ。
しかし老齢の域に達する聖女は、それを押してやってきた。
「……聞けば聞くほどに強大で、凶悪で…………信じ難い所業の数々ですが王国の方々が仰るならば真実なのでしょうね」
「関係強化や情報共有により魔王軍……【クロノス】と名乗っているようですが、方々より彼等に圧力をかけ続ける他ありません」
「その間に対策を、ですね」
王城の会議室では進行役のマートン公爵と聖女を中心に、現状の確認や知り得た情報のやり取りがされていた。
眼鏡をかけた糸目のマートンと白い礼服姿の上品な老婆が慣れた様子で会議を進める。
背後には聖女“ナタリア”の護衛として名高い魔剣士二人が不動の姿勢で直立している。
「ですが魔王個人ともなると『遺物』でもなければほぼ効果はありません。セレスティア様が所持しているものでさえ怪しいのです」
「ふむ、リッヒー伯の言うことにも一理ある。尤もですな」
狐を思わせる狡猾な印象のリッヒー・フリード伯爵。
しかし貴族間での影響力は大きく、頭も切れるとセレスティアから会議への参加を提案される程の男であった。
マートン公爵も次代を担うのは彼なのだろうと内心で確信していた。
何よりリッヒーは頭が良いが故に、セレスティアを絶対に裏切らない。その後どうなるのかを理解しているからだ。
「では……ふむ…………」
特に案がある訳でもないのに口を開いたブルド・ンック侯爵。
厳しい犬種を思わせる顔立ちと肥満体の中年男性。
以前より王家にそこまでの忠誠がなかったにも関わらず、ここ十数年に渡り王国に貢献してきたリッヒーに次ぐ貴族である。
目当てなど目に見えていた。
セレスティアだろう…………しかしセレスティアの例の発表がされた後も、未だ国へ忠誠を示している。
これはどういったことだろう。
「――もういい」
凛としていて、張りのある声音が立場ある者達を一喝する。
「これ以上の無駄な会話などうんざりだ」
苛立ちから滲む覇気を察知し、途端に聖女護衛騎士や衛兵の集中が乱れる。
「魔王自身への対策は後に回してさっさと他の話を始めろ。私の時間は貴様等よりも価値がある。捨てるような真似は許さん」
背はどちらかと言えば低く、容姿は幼さが残る。綺麗に結われた艶やかな黒髪は、黒と白のドレスにとても映えている。
何より強気と愛らしいに過ぎる顔付きと、それにそぐわぬ蠱惑的に実った躰付きは、異性を魅了する為に生み出された存在のようである。
「…………」
「なんだ貴様……何を見ている」
「い、いえいえハハハハっ。申し訳ないっ、いや本当に……」
不快感を表した“ヒルデガルト”に厳しく睨まれたブルド・ンックが、顔を真っ赤にして鼻の下を伸ばす。
しかし誰も彼を咎められない。
魅了の魔性に囚われているのは護衛騎士や衛兵も同じであった。咳払いや深呼吸などで誤魔化し、視線を外して任務に集中する。
「……さっさと終わらせろ。不愉快だ」
場に最もそぐわない愛らしい容姿の少女から発せられた強烈な物言い。
これが王クラスにも同様の態度なのだから驚きだ。
「やれやれ、ブルド君…………了解しました。それでは新たな情報を二つ程」
マートン公爵が眼鏡を押し上げつつ話し始める。
「これは既に確認済みなんだけど、ラルマーン共和国との境目にあった荒野が吹き飛んでいる」
「…………」
「…………」
何と発言すればいいのか、確認したと言われてもまるで信じられない。
「……うん、そうだろうけどね。でも想像の遥かに上を行く規模で地形が変わったと考えてもらいたい」
「はぁ……なるほど」
聖女も困り顔で右後方の騎士を見上げている。
「私達の見解では、関わっていたらしい魔王が高位『遺物』を使用したんじゃないかと考えています。規模と威力から考えても使い捨てだろうと。何か……そう、予期せぬ外敵に対しての使用だろうとね。示威的な効果も含めてここを使い時と考えたのでしょう」
ラルマーン共和国が魔王へ親善大使を派遣するという噂からも、遺物使用の効果はあったものと見ていた。
マートンに強い危機感はなく、民や軍の被害なく魔王の切り札を一つ削れた事に喜んでいる風であった。
だからなのか対して議論をせずに、より重要と認識している議題へ移る。
「どうやら【クロノス】という組織には、魔王に次ぐ六人の幹部のようなものがいるらしく、例の常軌を逸した強さを誇る“アスラ”と“沼の悪魔”は……それぞれ【第二席】と【第四席】とされているらしい」
「数字からして……まだ四名いると。“一”と“三”が特に気になるところですね」
暫く様子を見ていたリッヒーが、考え込む姿勢で呟くように言う。
「ちなみに…………ヒルデガルトさんのご意見は?」
皆の視線が再び、可憐な少女へと。
「ふん、その程度の情報で私に何を期待している。その鬼族と魔術の化け物は戦闘力に然程差がないのだろう?」
「はい、それは私の腕利きの執事がその目で確認しております。信頼していい情報ですな」
「ならば数字が小さければ強いわけではない。種族も能力もまるで分からない。……そのくらいだろうが。こっちを見るな、不愉快だ」
やはりスカーレット商会が独自に得ている情報は無しのようだ。マートンが密かに肩を落とす。
「正論ですね、確かに…………ついでになのですが」
「…………」
「ヒルデガルトさんの考える、王国が絶対に回避すべき“最悪”とはなんであるのか……お訊きしても?」
この場で訊く必要があるのかとマートンや聖女ナタリアが思うも、リッヒーは真剣そのものでヒルデガルトへ問う。
「それこそ訊くまでもないだろう……」
ヒルデガルトは可愛らしい顔付きに苛立ちを表し、即答した。
「私と……
気に食わないまでも、正直に答えた。
伝え聞く関係性から、あの女とはセレスティアに違いないと他国の聖女や護衛騎士ですら直ぐに悟る。
「なんと縁起でもない……」
「公国としてもそうなってしまったならば影響は計り知れません。くれぐれもご注意をお願いします」
憂う言葉と視線を送るブルドとナタリアに、ヒルデガルトは鼻を鳴らして余計な心配だとばかりだ。
「…………ふむ。公爵、少しばかり提案があるのですが」
「ん……? リッヒー君が言うのならこの場で聞こうか」
………
……
…
会議室を後にしたリッヒーが、背筋を正して王城を行く。
帰路への最短の道。
いつもならば回り道をして、城にある見事な庭を眺めてから帰るのだが、今日は気が乗らない。
「……ふぅ………………っ」
疲労を覚え、目頭を揉みながら角を曲がると、リッヒーに緊張が走る。
「…………」
「こんにちは、リッヒー。奇遇ですね」
セレスティアが微笑みを浮かべて立っていた。
普段ならば決して通らないであろうこの廊下に、共の一人も付けず単身で。
「こ、これはこれは失礼致しました。ご機嫌麗しゅうございます、セレスティア様」
「お疲れですか? 顔色が優れませんが」
「はは、いえいえ。夜更かしをしてしまっただけなので、ご心配なく」
社交辞令と分かりきっている会話を少々交わすも、焦れたリッヒーはつい訊ねた。
「……え〜、私に何か?」
「何かという程のものでもありませんが……」
胸の前で手を合わせ、セレスティアは可愛らしい笑みを湛えてこう言った。
「……ただ、“よくできました”と言ってあげたくて」
「ッ…………」
背を這う冷たさに、心臓までも固まった気がした。
「もう……お聞きになられたので? いったい誰からでしょう……考えられるのは――」
「いいえ、誰にも会っていません。ですが、あなたが何と提案したのかくらいは察しています。流石は賢いリッヒーですね」
悪寒に蝕まれる程の才覚。
「それでは、私はこれで失礼します……ね?」
楚々とした所作と声音で小悪魔的な笑みを残して去っていくセレスティアを、かける言葉も失って見送る。
リッヒーはただ立ち尽くすのみであった。
「…………」
………
……
…
二日前……。
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