第4話、幼き日の修行

 

 魔王軍【クロノス】代表取締役、クロノ・マクです。


 地球の文明人として日々生きていた俺がぽっくり逝き、よく分からん世界の魔人族の村に赤子として生を受けてこれまで、一日も欠かさず手も抜かず、ひたむきに強さを追求して来た。


 変な遺跡で羽の生えたやたらと強い男に殺されかけて以来まさかのそれまで以上の特訓をして、実力はもう自分でもびっくりするくらい。


 今は戯れに、ライト学園に使用人グラス・クロブッチとして潜入中だ。


 人体改造術により体格は思いのまま、愚かな王国民達を欺くなど魔王にかかれば朝飯前なのだ。


「ッ――――!!」


 速…………。


 でもそんな俺をして、感嘆させられるセレスティア・ライトの剣技だ。


 本物ではなく木剣で軽いとは言え鋭く、何より巧い。


 受ける木刀を忙しなく振り、ほんの僅かな攻め手の合間にコンパクトな振り上げを繰り出してみる。


「――――」

「っ…………」


 ……みるも、左手の盾・・・・を駆使して虚しさを感じるくらいに完璧に受け止められてしまう。


 盾を持った戦い方の鍛錬をと願われはしたものの、既に鉄壁そのものであった。


 なんでもこれまでの〔魔法剣士〕から〔魔法騎士〕へ戦闘スタイルを変更したいのだとか。


「…………」


 エリカ姫も目を皿にして見学している。俺の動きを覚えようとしているのかもしれない。


「見えない……」

「「…………」」


 令嬢達は口を開けて唖然としてしまっていた。


 位置取り一つ取っても簡単には説明できない駆け引きや思惑があり、更に盾や剣も加わるとエリカ姫でさえ難しいところだろう。


「……あれね。分かるのはセレス様の胸がピッタリの運動着の下でも暴れてるってのと、あの白い太ももがいやらしいってことだけね」

「な、なんてことを……!!」

「マープルさんっ、破廉恥はいけませんわっ!!」


 暇を持て余した令嬢方がお喋りを始め出した辺りで、手合わせも一区切りとなった。


「……ふぅ、ありがとうございました」

「こちらこそ、学ばせていただきました」


 互いに礼をして一息吐く。


 森の黄土色をした地面は互いの接戦を表しているのか、電雷が駆け抜けたかのような鋭利な痕跡を広く濃く残している。


「やはり初見の時には手を抜かれていたのですね。すっかり騙されていました」

「何を仰いますやら人聞きの悪い……」


 ……背後から好奇心旺盛な令嬢達が歩み寄って来ているのだから、あまり変なことを言わないでもらいたい。


「いやぁ、セレスティア様に好かれているようだし、彼がいなかったらもしかしたら君が選ばれた・・・・のかもしれなかったね。運に恵まれなかったのかしら」

「いえいえ私など恐れ多い」

「ま、いいわ。それにしても……そこまでの腕前をどこで? セレスティア様と手合わせの形を取れるって凄いことだと思うのだけれど?」


 おのれ、このずいずい来る系の令嬢め。プライベートに踏み込もうなど油断ならないな。


 いやでも気になるのは仕方がない。


「幼少期より、かなり無理をしたものです……」


 目を閉じれば浮かぶ、がむしゃらだったあの頃……。




 ………


 ……


 …





「――オオッッッッ!!」


 全身の力みを余す事なく伝えていき、漆黒の絶壁へと拳を突き出す。


 夜の闇の中、高所へ吹き荒ぶ風と共に気合いの声が上がる。


「ぐっ……、い、いてぇ……!!」


 骨肉が不破の壁に打ち付けられ、生々しく鈍い音を立てた。


 ……のみであった。


「はぁ!? ……って言いたくなるくらい硬い……」


 前世にて様々な格闘技を学び行き着いた自分に最適したフォームでの、最も自信があり威力も一際強力な右ストレートであった。


 更に繊細な魔力操作による人体魔改造にて身体の構造も弄って超人状態。


 更に更に、魔力を凝縮して高みへと押し上げる開発途中ながら独自の魔力法『魔力凝縮法』により身体強度、能力共に別次元へ昇っている。


 技、体、力、万全で迎えた今宵。体重移動は申し分なく、全力で込められた力みは淀みなく伝わり、握り締められた拳はこれまで通り何もかも砕く筈であった。


 しかし五大魔窟もかくやという魔境の果てにある“金剛壁”は僅かに削られるも、以前として黒光りしてそそり立っている。


「足りないってことか……なら……」


 問答無用に無尽蔵の魔力を内にて高め続ける。


 急上昇していく出力。


「………………これでっ!!」


 破裂音とも炸裂音とも取れる小気味いい音が響く。


「ッ――――」


 拳が突き出される過程で急激に力んだ瞬間、全身の筋肉が高めた力に耐え切れず弾け飛んだ。


「――ガッ!? ガァァァアアアアぁああああああああ!!」


 それまでも拳が破裂、魔力暴走、血涙等々、様々な失敗があったがこれは中でも再生に苦労した。冷や汗と血が止まらなかった。


 ていうか死んじゃうと思った。



 ………


 ……


 …




 鍛錬もそこそこに、着替えを終えた王女等を先導して庭園のテーブルでお喋りとなった。


 どんだけお喋りが好きなのだろう、令嬢等は。夏の蝉くらい止め処なく喋ってる。


「……陛下が黒騎士に依頼を出したがっていらっしゃる?」

「はい、流石のお父様も行方が知れない黒騎士様には手を焼かれているようです」


 超多忙を極めるライト王が依頼か……。


「く、黒騎士様ということならば、余程のことなのでしょうか……」

「恐ろしい……黒騎士様に一刻も早く解決していただきたいですね」


 七輪で焼きおにぎりを作る俺の背後で、令嬢二人が震えている。


「……姉様ってば、真面目な話題しかないの?」


 テーブルに突っ伏すエリカ姫がセレスティアに不満たらたらに言う。


 ……嫌な予感がするので、気難しい顔付きでおにぎりへと醤油を塗る。


 職人気質で刷毛を操る。誰も話しかけるなオーラを放つ。


「でしたら…………グラスさんにお願いでも聞いてもらいましょうか」

「ゴホっ!? ケホっ!!」


 訳分からん過ぎて咳が出てしまった。


 振り向くと、困った顔を見てみたい……みたいな顔をしたセレスティアさんがこっちを見ていた。


「何それ…………すっごく楽しそう!!」


 そして乗っかっちゃう妹さん。なんと晴れやかなお顔をされていることか。


「……では勝負としましょうか。私の身体は一つ、お二人のどちらかの要望をお聞きします。………………可能な限り」


 しかし俺は魔王。小娘共に転がされる器ではないのだ。生意気な。


「えぇ〜〜〜〜……」

「私は構いません。けれど、勝負の内容は?」


 勝てる訳がないと思ったのか、不服そうなエリカ姫と勝つ気満々のセレスティア。


「褒めてください。私の気分がより良くされた方の願いならば、お手伝いする気になりますから」

「おおっ、それなら勝てそう!!」


 なんだかんだと付き合いは長くなってきた。どちらにとってもこれならば勝負になるだろう。


 姉妹対決は唐突に勃発した。ただの思い付きから始まったが、こんなものなのだろう。


「自信がおありのようだ。ではエリカ様からお願いします」

「よしっ、わかったよ!」


 跳ねるくらいに元気よく椅子から立ち上がり、ずんずんと目の前まで来る。


 どうでもいいけど、なんでこの娘は一々喧嘩腰なんだろう。根っこから番長気質だな。


「グラスは、ほら…………最近は、自分で働いてるし」

「…………」

「ちょっと前は双子の弟君に任せて旅行ばっかりだったのに、偉いよホント。流石は師匠っ!」

「……はい、この胸にズキズキっと走った二度の痛みを基準に査定したいと思います」


 褒めろって言ってんのに……エリカ姫の採点、十二点。


「褒める勝負なのにグラスさんのことを結果的に悪く言っているではありませんか。グラスさんはきちんとされた方です」

「ありがとうございます、セレスティア様。では、よろしくお願いします」

「はい、それでは……」


 お淑やかに歩み寄って来たセレスティアは俺を褒めるべく、上から下、下から上へとよぉ〜く観察し……。


「……えっと、グラスさんは、その……ちゃんと…………服も着られていますし」

「もう嫌だ、この姉妹……」


 セレスティア、まさかの八点。どちらも百点満点での採点だ。


 おかしいな、想像してたのと違い過ぎる。俺がただ気持ちよくなってどちらかを選ぼうって企画だったのに……蓋を開けてみれば、若干だけ不快になったのみ。


「止めましょうか。誰も笑顔になれないこんな勝負なんて……言い出した私が愚かでした」

「ですがどちらか勝利とならなければ、お願いを聞いてもらえません」

「私でよければお力になります……」



 ♢♢♢



 その夜……。


 王の執務室には蝋燭の火を頼りに遅くまで、終わらない仕事に追われる二人がいた。


「…………」

「…………ふぅむ」


 執務補佐のジョルジュ・ジージは老齢ながら驚くべき速さで書類に目を通す。


 視力ばかりは年若い者等にも負けないと豪語するだけあり、薄暗い中の見辛い文字も見誤らない。


「…………」


 もう一人。ライト王国の王、レッド・ライトは一つの事故について思いを馳せていた。


 王国と公国の境界にあるとある領主の事故。


 魔物によるものとのことだが、残されたのは若き子息のみ。


 物心ついた時より志高く、純真で、微笑ましいくらいに領主となる為に努力していた。


 一年前に顔を見たのだが、つい昨日のことのように思い起こされる。


 だからこそ残酷な現状。


 是非、王国最強戦力である黒騎士に彼の手伝いをと考えていた。


「――王よ、私をお呼びと聞きましたが?」

「「ひぃ……!?」」


 いつもの如く、厳重な警備も警戒もすんなり擦り抜けてその者は現れた。

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