第20話 新世界の吸血鬼
「ハイこんばんは健康優良バカ吸血鬼チャンネル雑ラジオ第5回です。今回もショウとタカ丸でお送りしていきますんでよろしくお願いします」
「タカ丸だ。開始前にもうスパチャ投げてくれた人がいるな、ありがとう」
「最近は第1回と比べて質問の傾向も変わってきてるねえ。なんかみんな慣れてきた感あるわ」
「順応性の高さは人間の長所だな」
「俺らどっちも人間じゃないけどね。そういやこのラジオ人間呼んだことなくねえか」
「2回から4回まで連続でゲストが吸血鬼だったからな」
「まあ吸血鬼がやってるチャンネルだからどうしてもね。
それじゃそろそろ今日の原稿読んでいきますけど、その前に質問の集計してくれてる人から注意がきてます。某猫又カフェ、銀座の妖狐ママ、人魚の歌ってみたの人、鬼の格闘家、その他諸々人外系有名人へのファンレター、コラボのお誘い等を俺に頼まれても困るんで、交渉は本人にお願いします。
えー、最近では呪いやらなんやらに対する法整備の話が盛んになってますけれど、規制前の駆け込み呪殺依頼需要がわりと高まってるそうです。普通に陰陽省から目ぇ付けられるんで止めといた方がいいらしいっすよ。俺はそのへん知識ないから知らんけど。
あと妖怪、妖精、精霊系とのマッチングアプリが何個か出てきてますが、あれ全部詐欺なんで注意喚起出てます。夢見るのは自由ですが、出会いに行った先で頭から物理的に食われたくない人はやめときましょう」
「食われたい需要もあるらしいぞ。お前たち吸血鬼が飲む用の血を献血している人間の中にも、そういうのがいるらしい」
「マジでぇ!? 人間が一番怖いってこういうことなんだな……。性癖の闇は深いわ……。
まあでも、そういえばあれって健康体じゃないとダメって規則あるんだっけ? 不健康かつ性癖がやべー奴は、誰でもいいから人じゃない奴に身を捧げてみたい、みたいな欲求持っちゃうのか……?」
「さあ……オレは人間じゃないから知らん……」
「とりあえず切羽詰った変態とか生き急いでる人たちは、そのうち合法的に性癖を満たせるようになるかもって期待して、いまは我慢しとけよ……。
あと言っとくのなんだっけ? あ、アレだ。陰陽省公式チャンネルでの公式配信者の案件はお断りしました。ここ普段から見てる奴ならわかると思うけれど、俺バカでクズだかんな。ああいうのはもっと真面目なやつに頼んだほうが良いと思うわ。
えー、続いての件は――」
ワイヤレスイヤホンから流れる配信の音声を聞きながら、ゆったり歩道を歩いていた人間の男は、正面から歩いてきた角の生えた少女を避けて、横に一歩進路をずらした。
ほんの少し前までは騒ぎになっただろう彼女の容姿も、通行人たちは時折ちらちらと好奇の視線を向ける程度で、驚いた様子はあまりない。
渋谷での呪いの卵事件、正式名称渋谷スクランブル交差点呪様体出胎未遂事件の後、一連の現場中継映像は何度もテレビで放送され、ショウの動画の配信アーカイブもとんでもない再生数になった。現在でもまだ伸び続けているらしく、日本中、いや、世界中に生まれた「見える人」の数は続々と増え続けているらしい。
配信を聞いている男もまた、あの時テレビを見て見鬼の才能を目覚めさせた人間の一人だ。
あれ以来日本中の神社仏閣は連日大勢の参拝客で賑わい、山の中に取り残されていたような小さな社の類も、積極的に手入れをされている。そのため日本中の霊的な護りの質が向上しているらしいのだが、妖怪や霊と違ってそうそう簡単には人前に現れない神霊をまだ見たことがないこの男としては、いまいち実感が薄いというのが正直な感想だ。
男はいま、あの日テレビで見て衝撃を受けた光景に焦がれるあまり、東京へと観光に来ていた。
そういう人間はずいぶん多いようで、元々世界中から観光客が集まっていた渋谷スクランブル交差点は、今では更に大勢の人でごった返している。すぐそばのビルに入っているコーヒーチェーン店はグループ内で世界トップクラスの売り上げ記録を連日更新し続け、交差点に面した窓辺の席は埋まっていない時間帯が全くないらしい。
実際男がそこを訪れた際もとんでもない賑わいで、黒い繭が発生した中心部を見てみたい、という目的は断念せざるを得なかった。
勿論ツアーもいくらでも組まれているのだが、男は東京のパワースポットを回るという触れ込みのツアーやら、ショウの動画の撮影スポットである銀座の路地やスクランブル交差点、吸血鬼がよく来るという店を回るツアーなどには興味がなく、ただぶらりと街中を歩いている。
男の住んでいる地方都市でも、最近では土着の妖怪や妖怪になりかけの喋る小動物、名づけられてもいない自然の精霊たち、吹けば飛ぶような穢れの塊の小さな黒スライムなどを見かけるが、大都会はやはり人外の種類が多い。
人間が刺激を求めて都会へ移り住むのと同じように、その存在を認知され、誰の目にも見えるようになったこの世ならざる世界の住人達もまた、娯楽の多い場所へ集まっているのだ。
そのぶん地方にくらべて都会の人外たちは縄張りが狭い傾向にあるらしいのだが、ただの観光に来た男としては、様々な種族が多く見られさえすればそれで良いため、彼らの生態には詳しくない。
新幹線で東京について早々、駅前の通りでひったくり犯をパトロール中の陰陽師の式神が捕らえ、その後に路地裏に湧いていた大きな黒スライムをお札で浄化するところも見れたし、それ以降様々な場所であらゆる神秘的な光景を見かけて、男はもうすっかり夢見心地だ。
ツノや獣耳、尻尾、ウロコなどの人間とは違う特徴を持った存在とすれ違う時も、本当は写真でも撮らせてくれないかと思っているのだが、さすがにおのぼりさんが過ぎるかと照れくさくて、一度も言い出せてはいない。
もしかしたら自分の周囲の人々も、慣れているように見えて本当ははしゃいでいるのがバレるのが恥ずかしく、平気なふりをしているのかもしれないな、と男は思った。
見えていないだけで本当はずっと自分たちの近くにいた神秘的な隣人たちに、人間はいま、怯えたり歓喜したり嫌悪したり憧れたりと、複雑な感情を抱いて距離感を計っている最中なのだ。
男はきょろきょろしながら歩いている途中、気付かぬうちにショウとタカ丸の配信が終わっていたことに気付いた。
せっかくリアルタイムで聞けるからと流してはいたが、街の風景に気を取られて、配信内容は半分も頭に入っていない。
後でアーカイブを見直そう、と男が歩道を歩きながらイヤホンを鞄にしまったそのとき、進行方向に黒い人影がストンと降り立った。
黒いコートに背中から伸びた大きな蝙蝠羽、真っ白な長い髪、そしてキラキラ輝くルビーのような赤い瞳。
先程まで画面の中にいた吸血鬼のショウが、肩に水干を着たウサギのタカ丸を乗せて、男のすぐ目の前に立っている。
いまこの世界で一番有名だと言っても過言ではない美貌の吸血鬼に、男はパクパクと口を開閉し、声にならない歓声を小さく上げた。
ショウはそんな男に気付いてにっと笑った後、自分に注目している周囲の人間へ向けて、口元に片手を当てて声を張り上げた。
「はいどうも~! えー皆さん撮影はOKですけど勝手にネットに上げると、なんか請求される場合もあります。やりたい人は腹括ってやってください。俺は責任とらねえよ。
今夜はちょっと緊急で、そこのビルの中に呪物があるってタレコミがあったんで、今から調査に入りまーす。ビルの前には近づかないでください。窓吹っ飛んだりするかもしれねえからね。それじゃバイバーイ」
ショウはひらっと軽薄な調子で手を振り、電気がついた部屋が一つも見当たらない暗いビルに、タカ丸を連れて入っていく。
その後から、陰陽師の式神らしい燐光を纏った蝶の群れが周辺に集まりだし、ビルの入口へ近づこうとする野次馬を追い払った。
男はそこまでする勇気は出ず、しかしこの場を去るのももったいなくて、ビルから少し離れた場所で、他の野次馬たちと一緒に歩道にたむろする。
それから10分も経たないうちに、ビルの中から黒い触手の塊のようなものが、勢いよく飛び出してきた。
それが飛び散る窓ガラスの破片ごと、周囲を飛んでいた蝶の群れに包囲されたと思った瞬間、光の膜のようなものに包まれて黒い煙となり消えていく。
残ったガラス片を蝶たちがビルの中へと戻すのと入れ違いに、ショウは割れた窓から飛び降り、街灯の上へ軽やかに着地した。
そうして周囲に集まっている野次馬たちへ、どことなく性格の悪そうないつもの笑顔を、にやっと浮かべる。
「お騒がせしましたー。もう回収したんで大丈夫です。今回のぶん含めて退治総集編動画とか、触ったらやべえアイテムの注意喚起動画なんかを作ってチャンネルで流しますんで、よかったら登録&高評価してくださーい。収益で焼肉食いに行ったりゲーム買ったりします。
それでは、健康優良バカ吸血鬼Chをごひいきに。またな!」
ショウは蝙蝠羽をばっと広げ、夜空へと高く高く飛んでいった。
あとに残された人間たちは、すぐに闇に紛れて見えなくなってしまうその姿を見上げて、歓声を上げる。
観光初日にして超有名人を見てしまった男は、帰ったらこれを友人知人家族親戚まで言いふらそうと心に決めた。
西暦2021年。
霊も妖怪も化物も神もいるこの世界では、今日も人々の日常の中で、馬鹿で愉快な吸血鬼たちが楽しく暮らしている。
健康優良バカ吸血鬼Ch 石蕗石 @tuwabukiishi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます